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なのなのとりかご @ 普通より遅くてもここがとりかご速報ですPAGE | 127 126 125 124 123 122 121 120 119 118 117 | ADMIN | WRITE 2009.10.29 Thu 23:34:41 とりいそぎアス誕生日 導入部甘ったるい香りが鼻腔かすめて、アスランは目覚めた。 果物のように甘いのに、しつこくなく、それがどこから来るのか探さずにはいられない。 それは、金木犀の花の香り。 以前、一緒にそれを見たとき、『小さな星みたいな花だね』と、キラは淋しそうにその花に触れた。 濃い緑と、オレンジの花。 触れるとこぼれてしまう、小さな花。 壊れ物に触れるような指先。 そのときの儚げな微笑みが脳裏をかすめて、アスランはハッキリと覚醒した。 記憶の中のキラは、いつも清らかな顔をしている。 風が亜麻色の髪を揺らすと、頬に一筋だけかかる、あの幻のような微笑み。 どんなに微笑んでいても、綺麗な菫色の瞳は憂いがこびりつき、きっといつか消えてしまうのではないかとずっと、アスランは怖かった。 手をギュッと握ると笑ってくれるのが嬉しくて、でも、顔を見るのが面映くて、アスランはどうしたら自分よりもずっと年上のキラを守れるのか、そればかりを考えていた気がする。 哀しい顔を見つけるたび、この人は、これ以上傷ついてはいけないヒトだと、どうしてだか強く思った。 自分よりもずっと年上のキラを、研究所から抜け出したばかりで何も知らなかったアスランは守りたかったのだ。 ――ずっと守りたかった。 やはり、アスランは笑ってしまう。 柔らかな毛布に包まれて、怠惰な惰眠を貪って。 今でも守りたいと思う気持ちは、嘘ではない。 けれど、傍にいられない。 自嘲するように片頬を歪めると、アスランは身体を捻って半身を起こした。 そのとき、冷たい夜風を首筋に感じて振り向いた。 ベッドの奥の窓が、少し開いていたらしい。 小さなオレンジ色の花が、白い毛布の上に落ちていた。 金木犀の木が、窓の外にあったのだろう。 飲みすぎて酔っていたせいか、全く気付けなかった。 見上げれば、カーテンの隙間からは静かに月が照らしていた。 少し前まで、アスランはあの場所にいた。 ――もっとあの場所に居られたらよかった。 けれども、それは考えても仕方のないことだった。 ただ分かるのは、時間は止まらないということ。 時間は止まってくれない。 あの頃には戻れない。 それは、キラの差し出す手を取ったときから知っていることだった。 アスランは思いを断ち切るように窓を閉め、カーテンを閉じて起き上がると、隣からけだるげな女の声がした。 「んー……こんな時間にどうしたの?」 ベッドの中からショートカットの女が、アスランが纏ったばかりのシャツの裾を引いた。 流線型を描く裸の女の身体。 それは、先ほどまでは柔らかくて温かかった。 だが今のアスランには、もう何もかもが厭わしい。 女から移った香水の匂いのする自分の身体にすら嫌悪を覚えたが、嫌悪を覚える自分自身が可笑しくなり笑った。 誰も、そんなアスランの気持ちを知らない。 「本当にキレイな顔。王子様ってきっと、あなたみたいな顔をしているんでしょうね」 にっこりと唇の端を上げて、艶やかに女が笑うが、アスランは表情を変えない。 「私の悪い王子様は、もう私が不要なの?」 手を伸ばし、キレイに筋肉のついた腕にしがみ付きながら、女はクスクスと声を出して笑った。 はだけた上半身を隠すことなく、まだ熱く豊満な身体を押し付けてくる。 「冷たい身体をしているのね。私が暖めてあげる」 絡み付いて離れない細い腕。 押しつけられた、豊満な胸。 伸びてくる赤いマニキュアの指先は凶器のよう。 強い香水の匂いは、相手を支配したと言うマーキングに似ている。 女はいつも酔ったように、アスランを求める。 「キレイな顔――キレイな髪」 まだ半分夢の中にいるような微笑み。 とろりと潤んだ瞳は、光源が落としてあるせいか、やや菫色に見えた。 ――ああ。 唐突にアスランは、この女性を選んだ理由に思いあたり、クシャリと自分の髪を掴んだ。 『アスランの髪って、やわらかくていい匂い』 幼い頃、何度も撫でてくれた優しい手の感触が甦る。 キラは、少しだけ石鹸の匂いがした。 欲望の一切のないサラサラした掌。 女性のように手入れはしてはいないが、なめらかな指先。 ――欲しいのはそれで、この女ではないのに。 「……もう帰る」 シャツのボタンを上まで閉じ、しがみ付いたままの女の事など忘れて、アスランは一歩を踏み出した。 物分りのいい女は、後を追うことなく、絡めた腕を放した。 『アスラン・ザラ』という、この遺伝子の持ち主のおかげで、アスランは一夜の相手には苦労したことがない。 彼らは喜んで食事と寝床を与えてくれる。 何かが欲しいと言えば、彼らは我先にと競うように、アスランの手の上に乗せてくれるのだ。 アスランがこうだということは、きっとオリジナルのアスラン・ザラも面白楽しく生きていることだろう。 殺伐とした気分で、そのまま部屋を出て行こうとしたとき、背後から声がした。 「ねえ、待って」 「まだ何か?」 尖った声を出しても、ベッドにいる女は責めたりはしない。 ゆっくりと飴のように、アスランを溶かそうとするだけだ。 ベッドから下ろした赤いペディキュアの白い足を組むと、彼女は流し目でアスランを見た。 「王子様の本当の名前は分からなかったけど、ひとつだけ私にも分かった事があるわ」 思わせぶりな事を言われる事には、慣れていた。 だから、聞かなかった事にしようと、アスランはノブを回して重厚なドアを押した。 その孤高な背中に、砂糖に包まれた毒が、礫のように投げつけられる。 「ねえ、キラってだぁれ?」 思いもしなかった名を呼ばれ、アスランは足を止め、部屋を振り返ってしまった。 そこには、自分の身体を隠すことなく、物憂げに座った女が、顎を上げた仕草で、アスランを見ると可笑しそうに笑った。 「あら、効果覿面。あなたがそんな目をするのは初めてね。もしかして、キラって王子様の恋人の名前なのかしら?」 自分の目が剣呑になるのを、アスランは必死に堪えていた。 「……どこでその名を?」 アスランの問いに、ベッドの上から振り返った女は、唇の端をあげて笑った。 「昨夜、その人と私を間違えていたでしょう? 小さな声でキラ……って――とっても切なそうに名前を呼んでいたわよ」 どこが可笑しいのか分からないが、これが恋愛の駆け引きだとか牽制とか言うのだろうか。 このとき初めてアスランは、女の顔をじっと見つめた。 婀娜っぽさと幼さが同時に浮かぶ容貌は、たしかに美しいのかもしれないが、美を求めるあまりか個性を感じられない。 ヒトに人工的な手を加えると、似たような偏りが現れると言っていたのは誰だっただろうか? 傍を離れようとすると、いつもマネキン人形たちは、蜘蛛の糸や草の蔓のような何かで、アスランを絡めとろうとする。 何かを得たいと絡み付いてくる腕や視線や、言葉。 煩わしくて、アスランが意図しないもの。 それまでは、キラが守ってくれていたものだと知るまでに、時間はかからなかった。 ひとりで街へ出て初めて知った生ぬるいそれにも、いい加減もう慣れた。 「――そういうのが、気になりますか?」 ひとつ瞬きをすると、アスランはニコリと微笑んだ。 こういう笑い方をすると、アスランに絡み付いた蔓は、いつも困ったようにはずれた。 「まあいいわ」 大人の余裕を滲ませて、女は引いた。 面倒なく手を放してくれる相手を、始めからアスランは選んでいたはずだった。 そして、いつものように挨拶もせずにドアから出ようとすると、まだ研究所から外へ出てたった二年のアスランよりも確実に長く生きている女性は、最後にベッドの中から言った。 「そう言えば、今日は、あなたのお誕生日だと言っていたわね。いい日である事を祈っているわ」 そんな話をしただろうか? と思ったが、昨夜乾杯したグラスの音が、一種だけアスランの脳裏に甦った。 感傷的になり、心が揺らいで喋ってしまったのだろうか? 一番傍にいて欲しい人から遠く離れて、ひどく淋しかったからかもしれない。 だとしたら、自分は大人どころか、とんだ甘ったれだと知る。 だからアスランは、唇をつぐんだ。 上着を肩にかけ、長い睫毛を伏せたままやり過ごす。 厚いドアが乾いた音をたてて閉じる音を確認すると、殺伐とした気分で歩き出した。 ホテルのエントランスから抜け出すと、黎明の遠い夜風はまだ冷たく、一気にアスランの体温を奪っていく。 エレカを拾う気にもなれず、アスランは蒼白い街灯の下を歩いた。 誰もいない、誰からも忘れられた、世界でたったひとりのような気がしてくる。 足音に合わせて細長い影だけが付いてくる石畳は、影絵のよう。 足早に歩いていると、またどこからか金木犀の香りがふわりと漂った。 本当は朝まで目を覚まさないはずだったのに、眠りは金木犀の甘い香りに阻まれた。 『そう言えば、今日はお誕生日だと言っていたわね』 もう顔も思い出せないドアの向こうの女は、きっと自分よりも長生きする。 もしも女の生き血を吸って永遠の命が得られるのなら、けしてそれを厭わない。 世界から切り離されて歩きながら、もうずっとアスランは暗闇の中、独り孤独だった。 PR TrackbacksTRACKBACK URL : CommentsComment Form |