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ザックスくん

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ダブルシークレット 5

「とにかく。腹立たしいのは分かるが――本当に彼女はキラを大切にしていたんだよ。それは事実で変わらない。手を尽くした上で、さらに俺にまで捜索を頼んだし、今回のことも藁をも縋る思いでパーソナルデータを開示したのだと思う」
「だから、なんで今なんだよ?! 本当に大事なら、そんなの、もっと早くするべきだろ? 時間が経てば経つほど捜索が困難になるのは、鉄則だって分からないくらい暢気なのか?」
掴みかからんばかりのシンの声は荒れていたが、それは事情を理解した上での苛立ちでもあった。
キラのような特殊な『生き物』の情報を公に開示することは、悪戯に危険を増やす危険性もあるのだ。
国宝級の宝石が紛失したという詳細情報が広まれば、それを自分のものにしてしまおうと動く者も増える。
事は、只の誘拐事件では済まないのだ。
もしも猫耳唯一の純血種が繁殖に使われたとしたなら、巨大な闇マーケットが形成されるのは確実となっただろう。
繁殖などと、生易しい使われ方がされるとは思えない。
いくらコーディネイターといえど、優れたものを所有することほど楽しいものはない。
さらに、もしもナチュラルの手に渡った場合、どんな使われ方をするのか、それを容易に想像出来るほどの施設を、ザフト所属の彼らは視て来ている。
それを容易く想像してしまえるから、シンは腹立たしくてならないのだ。
「軽率だと感じるのは――確かにシンの言う通りだ。それでも俺の知る限り、ラクスは全部を覚悟して動いていたと思う。要人の動きも闇マーケットの動向も常時マークしていたはずだ。だから今回のこれは、キラが連れ去られてから経過した時間を鑑みたうえで、たぶん彼女が『限界』だと判断した結果なのだと思う。併せてこれだけ引き伸ばしておいた大きな餌で釣れば、なにかが尻尾が出す――そんな一縷の願いに縋ったんじゃないだろうか」
自嘲的に声を潜めたアスランの、『限界』と言う言葉の意味は、実はとても重いもので、アレックスとシンは息を詰めて黙りこんだ。
彼女が心血を注いで捜索するキラを知りながら匿い、隠蔽しているのだ。
本当にそれは、ひどく罪深い。
ドアの向こうの沈黙を、キラでは正確に推し量る事は出来なかったが、アスランの淡々とした声が『よくない事』を言い、他の二人が同意しているのが分かってしまった。
以前からアスランは、本当のマスターだというラクスのことを教えてくれていた。
キラが自分から会いたいと言う日を待ってくれているのも知っていた。
けれど会いたいと口に出さないことで、アスランがホッとしているのも知っていたし、撫でてくれる掌が優しかったから、キラも忘れた振りをして誤魔化していたのだ。
――どうしよう。
いくら考えても、どうする力も猫耳のキラは持ち得ない。
勝負しようにも手札が少なすぎるのだ。
ドアの向こう側のアスランたちの手の中にカードがあるとすれは、きっとキラのものよりも確実に効果を発揮しえるはずで、それがどんなものか知ったとしても、キラが同じ物を手にする事は、ほぼ無理で、きっと優しい彼らは誰もそれをキラに望まないだろう。
けれど、それでは何も始められない。
ここに留まって、少しでも方法を探らなければならない。
キラの手の中には何もないのだ。
そう思い詰めるよりも以前に、とっくに膝から力は抜けていたけれど。
そんな悲愴な決意でドアの前で身体を縮める子猫に、彼らは気付けない。
「つまり……ラクスはキラが連れ去られた当初からずっと最悪を想定して動いているし、一度も諦めてはいない。あちこち飛び回る俺が、何か情報を掴んで帰るのではないかと捜索状況の話もしてくれる。……彼女に会うたび、ここにキラを隠していることが申し訳なくなる」
溜息交じりのアスランの声に、シンが即気色ばんだ。
「ちょっと、アンタ、今さら何言ってんだよ!」
「このままキラをここに置いて、それが本当にキラの為になるという保障はない。今、キラの身体に目に見えたトラブルが起こってないからいいようなものの、何かあったときはラクスでなければ分からないこともあるはず――」
「何だよ! 話が違うだろ! ちょっと、アンタも同じ顔なんだから、黙ってないで何とか言えよ。アンタだって、キラはここに置いたほうがいいって言っていただろ?」
「そうだが……でも実際に、ラクスと対峙すると、アスランがそう思うのも仕方ないかもしれない。誘拐されたとはいえ、セキュリティーの穴を突かれたにしろ、彼女に落ち度があると言って酷なのは事実だし、今までの捜索も、今回の情報開示の処理も的確だ。だからこそ、キラを隠しているという負い目があるだけこっちが不利ではある。たとえば彼女の財産を侵害している点においても、訴訟を起こされると全面的にこちらが負ける」
アスランに同意するアレックスに絶望したように長い息を吐いたシンは、『信じた俺が馬鹿だった』とキレた。
「二人して今になって……何を言ってんだよ! じゃあ、アンタらはどうしたいんだよ? 心配した振りして、結局、キラをマスターっていうのに渡すのがアンタらの最終目的だったのかよ?」
以前はシンも、マスターの元へ返して幸せになるなら、そうしたほうがいいと言っていた――ザフトの任務に慣れる前の多忙な頃のことだ。
そして、変わらず多忙とはいえ少し慣れた現在も、結局はシンもキラを一番にしてはいない。
そこまでの拘束権を、シンは持っていない。
そして、もしかしたら誰も持ってはいないのかもしれない。
その状態で、何年もキラを捜索し続けているラクス・クラインと比べて、キラを大切にしているとは胸を張って言い切れないのだ。
それに気付いているからこそ、シンは焦燥するのだ。
何よりも、一度シンは手に負えなくなってキラを捨てている。
だからこそ、二度目はない――それしか答えはないのに、実際は傍にいてやれる時間などわずかだった。
「……俺はキラがここにいるならいいって思ったんだ! キラが安全で何も困らなくて、幸せならそれでいいって思ったんだ。アンタはそれをキラにくれると言ったじゃないか。だから、俺はアンタにキラを渡したんだ。でも、アンタがキラを放棄して顔も覚えていないマスターだか何だかのところへやるって言うのなら、俺はキラと出て行く」
「出て行ってどうするんだ、ザフトは?」
「そんなものっ! 初めから続ける理由も意味もない! 軍人なんて楽しい仕事でも何でもないだろ!」

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