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ザックスくん

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ダブルシークレット 6

プラントに忠誠を誓って入隊したのだ。
簡単に辞められるはずがないのは、キラにでも分かる。
口では色々言いながら、シンが仕事に誇りを持っていたのも知っている。
アスランと同じ制服姿はキラの知るどのシンよりもカッコよくて似合っていて、こっそりキラも憧れていた。
けれど、それらすべてを打ち消すようなシンの怒声に、キラは身体を縮めた。
自由になったシンが、どれだけザフトで頑張っているか、キラは知っている。
才能はあったにしろ、並大抵のことではなかっただろう。
それを、シンは捨てると言っている――キラのせいで。
「そもそも俺は、猫耳の俺でもザフトに入れてくれるって言うからアンタの言う事を聞いただけで、キラのことだって、ここにいたら食うものにも困らなくて、病気をしても高い薬も買って貰える。単に便利だから連れ出さなかっただけだ。……でも、それは今までの話ってことなんだろ? アンタらがキラを他所へやるつもりなら、もうアンタらに利用価値なんかないからな」
挑発的な物言いをするシンに、深い溜息が聞こえた。
コーディネイターの聴力ゆえに、それがすぐ傍で聴こえてしまうキラは、勝手に身体が跳ねてしまい、心臓が生き物みたいに暴れている。
もうこれ以上、ここにいてはいけない。
ここでこんな話を盗み聞きしたら、皆の顔が見られなくなってしまう。
作り笑いもできなくなる。
入ってきた窓から出ようと思うのに、身体が言う事をきいてくれない。
「俺は……ここが一番安全だと思っていたし、今でも思っている。俺がいなくてもアレックスかシンか、誰かが屋敷には居るし、ここなら、何かがキラを攫いに来たとしても、そうそう簡単に渡さない自信はある。……でも、キラの幸せを考えたら、そう単純じゃない」
「アイツの幸せはアイツにしか分からないだろ?!」
「……じゃあキラが行きたがる外へだって、ラクスならばマスターの権限で出してやれるかもしれない。たとえばラクスが公の場で猫耳のキラを『自分のものだ』とお披露目すれば、迂闊に誰も手を出せなくなる」
「そんな、見世物になれって言うのかよ!」
「確かに注目はされるだろう。だが――そうやって存在を世間に公表すれば、敵も増えるが味方はもっと増える。シンも要人警護の訓練を受けただろう?」
確かに大勢の認識は、犯罪の抑止力になる。
「でも!」
「猫耳は、もともとそういったものだ。大勢が羨望し、宝石のように大切に愛でるものだ。盗んだり、粗末にするものではけしてないし、保護して愛でるもの。その資質があるからラクスはマスターの権利を与えられたんだ」
「権利なんてそんなものを勝手に決めるのは変だって、俺は言っているんだ! ……キラだって望んでないだろっ!」
やるせなさそうに呻くシンの声とアスランの溜息。
「誰だって親を選んで生まれるわけじゃない。愛してくれない親の元に生まれてくる子もいる。だから、本当の親ではなくとも、愛してくれる保護者がいるのは幸せな事だ」
「……そんなのっ! アンタらの勝手な言い分じゃないか。俺だってキラだって、猫の耳なんてつけて生まれたくはなかったさっ! その気持ちなんか、アンタらには分からないだろう? 俺達は根本の定義から違っているんだよ!」
シンの悲痛な声が、誰もの耳に突き刺さる。
キラの耳にはとなりの部屋の物音が聴こえていた。
アレックスのつま先がイラただしげに床を蹴る音、シンの舌打ち。
それら全部がキラの力を奪い取る。
耳もギュッとおさえれば聴こえないはずなのに、心のどこかで真実を知りたいと思っているのか、押さえていられない。
結果、キラの耳は隣の部屋の声を全部拾ってしまっていた。
皆の立てる音が怖くてたまらないのだ。
どうにかしてここから離れないと、心臓が潰れてしまいそう。
ふるえる息を吐きながら入ってきた窓を振り返れば、光が降り注ぐ窓の外はハレーションで真っ白に見えて、知らない場所のように現実感がない。
フラフラと立ち上がり、初めて歩く人のようにキラはそこを目指す。
背を向けたドアの前に、アスランが立って居る気配がハッキリと分かることも、キラには辛かった。
何故なら、きっとアスランはもう、ここにいていいと言ってくれないと思ったから。
全員が困っているのが聴こえるからだ。
「言いたいことは分かるが、キラにマスターがいるのは紛れもない事実で、マスターには特別な権限がある。そのひとつがキラの情報だ。彼女にしか知り得ない重大な情報の前には俺たちに成す術はない。ラクスが一番キラを守る手段を持ち、キラを幸せにする。それはどうしようもないんだ」
「一番ってなんだよ。キラがここがいいって言うなら、ここが一番ってことじゃないのかよ? 幸せかどうかはキラに聞いてみろよッ! 少なくともアイツはここにきて、見ていて悔しいくらい幸せに見えるさ! 俺と逃げていた頃じゃ、こうは行かなかった。そうしたのはアンタだろう? アンタが俺から奪ってそうしたんだ。それに、キラが幸せならマスターだって本望だろう?」
「……シン」
「何で今さらそんなこと言うんだよ! 結局返すのなら何で俺からキラを取り上げた足で即、そのマスターとやらの元へ連れて行かなかったんだよ? 保護とか言って、何で手元に置いておいたんだよ」
「それは、あの日は雨で……びしょ濡れになって衰弱していたからで、特に理由なんか」
「理由がないわけないだろ? アンタだってキラを所有したいって思ったんだ! 黙っていれば美少女フィギュアみたいに見えるからな、皆そうなんだ」
クスリと笑う声は、嘲笑に他ならない。
「アンタもアレに参ったんだろ? アイツ、起きてるときは無邪気で子供だけど、眠っているときは、やたら儚げでゾクッとするらしいからな」
「俺は別に……そんなことは」 
「じゃあ、違うって言うんなら、あいつがびしょ濡れで意識が朦朧としていて訳の分からないうちに、とっとと返せば良かったんだよ。出来なかったはずはないだろう? でも、アンタはそうしなかった。それが答えだ」
「だから理由なんかない。ただ俺は、キラの性質上、下手な扱いは出来ないと思っていたし、何より深夜だった」
「へえ。見付かったって一言言えば、アンタの言うキラのマスター様なら、たとえ嵐の中でも迎えに来たはずだ」
「それは……そうだが、でも俺は」
意地悪なシンの言葉に口ごもる声は、いつも歯切れの良いアスランとは思えないほど困っていた。
こんな姿を見せられて初めて、シンは頭が冷えてくる。
こうやって、大切な人を傷つけてきたのだ。
いつもシンは、取り返しの付かないほど責めたあとに我に返る。
今回もそうだった。
仮にアスランが本当にそうしていたなら、キラと再会できた可能性は、ないに等しかっただろう。
もう二度と会えない覚悟は、とっくにしたはずだった。
それでも、アスランを信じて託す事が、あのときシンに出来るすべてだったのだ。
キラを手放した後、ブリーダー達に暴行されていたシンを救出してくれたのも、アスランの配慮だったと、シンは後から教えられていた。
キラを救出したアスランに非がないことは、分かっているし、マスターがいると言うのは、親がいるのと同じ。
他人に口は出せないことだと知っている。
どんなにキラが切望し、叶えてやりたくても、未成年の子供のワガママにしかならないし、キラに限らず猫耳の場合法外の値段のついた商品も同然なのだ。
その辺りも、ちゃんとシンは分かっていた。
分かった上で、アスランやアレックスを信じてきたのだ。
だから、その彼らがキラをマスターに渡すと言い出すから裏切られた気持ちでキレたが、ひどく思い悩む姿を目の前で見せつけられると、シンは我に返るしかない。
「あのさ。アンタって不器用だけど結局人がいいからな。何かと、おせっかいで細かいし、いちいち潔癖でカッコつけだから、どうせアイツの着ていた服が小汚かったとか、顔が薄汚れていたとか、そんなことが気になってマスターっていうのに連絡しなかったんだろ? ほら、アンタのことだから汚いまま返したら、自分の管理の甘さを問われるとか思ったんじゃないの? 優等生的にさ」
ハハッと笑うシンの声は、何故か打って変わって明るく響いて空々しいほど。
アレックスは何も喋らなかった。
そのまま、しばらく黙りこんでいたアスランは、独り言のようにぽつりと呟いた。
「俺は――そんなつもりはなかったんだ。だが……いや、でも、もしかしたら気が付いてなかっただけで、シンの言う通りだったのかもしれない」

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