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ザックスくん

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ダブルシークレット7

 
「え? って……は? って、アンタ何言ってんですか」
虚を突かれたようにシンの声がひっくり返った。
「いや。本当に、そんなつもりじゃないと思っていたんだが、言われてみたら反論が出来ない。救出したときエレカをここに向かわせたのは、キラを手元に置いておきたいと思ったからなのかもしれない。……ラクスの家のセキュリティーを強化してからだとか、もう少しキラの体調を整えさせてからだとか、あの時思った理由は色々あったと思うが、改めて考えたら全部理由にならない。里心をつけさせる為だと非難されれば、撤回は難しい。俺の浅はかな出来心が事態を複雑にしてしまったとしか言いようがない」
「出来心って、そんなの有るはずがないでしょうが。アンタはクソ真面目を絵に描いたような人なのに」
全くフォローにならないシンの断言に、気まずい沈黙が広がった。
アレックスの助け船もない。
「とにかく! 全部アンタがしたことでしょうが? しっかりしてくださいよ……っていうか、俺としてはアンタにはしっかりして欲しいんですけど……」
モゴモゴと、シンは口ごもる。
ガンガン攻めることしかしらなかったので、相手にこんな風に引かれると、どうしていいか分からなくなるのだ。
アスラン自身も、ずぶ濡れで衰弱の酷いキラの姿を、ラクス・クラインに見せるのは酷だと思って保護したつもりだったのだろうし、クライン家のセキュリティーに穴があったことは明白だろう。
それについては端的に指摘はしていたが、関わったアスランは、そちらの改善を確認して完璧にしておきたかったのも嘘ではない。
シン自身も、この上官がガチガチの石頭ではあるが、非情ではないことも、日常に秘密を有している者のせいか必要以上に完璧主義者なことは仕方ないと知ってもいた。
優しいからこそ、骨を折って猫耳のキラを保護したのだと信じていたし、キラを商品という目で見る者達とは違うと、すぐに分かったはずだった。
商品ならば、いくら愛らしいとはいえ、見返りが大きいければ大きいだけ、利害の前にすれば間単に手放しただろう。
ブローカーやブリーダーがその類たる主たる者だ。
アスランは、キラを本来の猫耳純血種という扱い方をせずにいる。
ザラ家の者すべてが、そのようにキラを扱っている。
それは当たり前のようでいて、接触には最新の注意が払われている結果だった。
あの稚く繊細な容貌と、庇護欲を刺激する華奢な身体を見たなら、本当に動くのかと不安で仕方なくなる。
接触を避けていたというアスランですら、救出した数分で手放せなくなった。
そんな子猫を一度抱き上げたから、きっとシンも神様から貰ったプレゼントのように、抱いて連れ帰った。
何故なら、殺人的な庇護欲と保護欲を刺激する存在を前にして、それに抗うことは、あまりに困難だからだ。
理性的な者であればあるほど、おかしくなる。
直情傾向のシンよりも、アスランやアレックスのほうが結局キラに固執している。
異形に対する強い偏見があれば別だが、稚く愛らしいキラの破壊力と殺傷力は限りなく高い。
沈黙のあと、アスランの深い溜息が響いた。
「結局……俺は知らなきゃいけなかったことを蔑ろにしていたんだ。そればかりか、今回のこのデータを見て初めて、自分が何も知らないことを思い知った。それなのに分かったような顔をして、キラには普通の子みたいに接する事が大事だとか、まだ子供なんだから難しいことよりも伸び伸びさせておけばいいとか……何だか勝手な勘違いばかりしていた」
「ア、いや、もう別にそんなにアンタを責めてるわけじゃないし……っていうか、さっきはちょっと責めてみたけど、あれはつい、カッとなったっていうか」
あーもう! と、前髪を掻き毟るシンの声。
「だって、ねえ! アイツを捨てたことのある俺にアンタを責める資格なんて全くないし、アンタが転々としていた俺らのところまで辿り付いたのも凄いと思ってる……でも! それはアンタがキラを保護してくれてるって前提の話であって、アンタがキラを一番に考えてくれて居るのも分かっていて、何ガ言いたいかって言うと、キラを他所にやるなら許さないって話で、でも、俺は一度捨てた人間で……だから、あー、もう! 黙ってないでアレックスさんも何か言ってくださいよ。こっちまで頭がグルグルしてきた」
「いや、俺もグルグルしているし。それに俺は内向き担当で、詳しく知らないし、アスランはキラと何度も会っているのだと思っていたっていうか、ラクスから相談されて動いていたのもアスランだし、現在進行形で相談されているくらいだから、細かい事は任せていいものだと思っていたし……」
「わー、もう! 俺ら全員グルグルしていて使い物にならないじゃないですか?! ちょっとそれ、貸してください 」
奇声をあげつくしたシンの息遣いが荒い。
「なんていうか、今頃気付くのも申し訳ないが、ラクスは捜査状況を報告してくれるだけで、『こういう細かいキラの情報』は全く話して貰ったことがなかったんだ。他人の大切にしている物に口出しするのも不躾だと思っていたから、興味があるそぶりをするのも何だかいけない事のようで、今にして思えば意地を張っていたのかもしれないけれど」
アスランの『こういう細かい情報』という声をバックに、ページを捲る紙の音が続いた。
そして、さらに幾ばくかの沈黙と深い溜息。
「えーと……アスランさん。これって、アンタが深刻になるほど大事な事なんて書いてないじゃないですか。身長、体重は、今よりもちっこいなあってくらいで。キラの資料とか言うくせに、肝心の写真の添付もないし、好きな食べ物嫌いな食べ物とかいう項目、本当に必要なんですか? この必須事項にある昼寝に必要な時間だとか、寝間着の推奨生地とかいうのは何ですか? まるで動物の飼育マニュアルみたいですが……っていうか、こっちの後ろの方にさりげなく遺伝子情報があるんですけど、本当はこれが一番重要なんでしょ? なんで一番大事なことが、こんなゾンザイな扱いなわけ? アイツ、本当に大事にされてたんですか?」
憤慨するシンに反して、アスランの声は重い。
「多分、自分の元へ戻らない今、これを関係者が見て隠して居ることを想定しているんだろう。きっと、そこでキラが快適に暮らせるようにという配慮じゃないだろうか。一見、どうでもいいことのように見えるが、彼女でなければ知り得ることの出来ない、キラにとって大切なことばかりだと思う。俺はそのどれも配慮してやっていない」
「……いや、それは仕方ないんじゃ」
モゴモゴとシンの小さな声が、アスランの声にかき消される。
「何度もチャンスはあったんだから聞けばよかったようなものだと思うだろうが、不用意に知れば知るだけキラを彼女の元へ戻さなければならなくなるような気がしたし、多分自分のルールでキラを立派に育てているんだという優越感みたいなものに浸っていたんじゃないだろうか。実際に俺はキラがどれだけ淋しがっていたのかも知らない。この中では一番先に出会っていて、ラクスに捜索を頼まれもいるのに、キラのそばにいてやった時間は、シンよりもアレックスよりも少ない。俺はキラを閉じ込めることしかしていない。それはキラにとって良いことではないって、その報告書を見て思い知ったんだ」
「キラを閉じ込めるだけなのは、俺たちだって同じだ」
「そ、そうですよ! 閉じ込めておかなきゃ猫耳がフラフラ外を歩いていたらどうなるか、アンタだって分からないわけじゃないでしょう? ていうか、それ以前に、あの警戒心のないバカを閉じ込めないでどうするんですか。何も分かっていないガキなんだから危ないんですよ。っていうか、ところでアイツ、本当はいくつなの? 報告書っていからには生年月日くらい載ってるはず……と」
声に続いてカサリと紙が擦れる音がしたかと思うと、シーンと部屋が静まり返った。
今まで陽気だったシンの声がなくなると、物音もなくなり、隣の部屋で固まっていたキラは、そっとドアを振り返った。
――もう終わったのかな? みんな、落ち着いたみたい。
はあと息を吐き出した。
ここに何をしにきたのか、すでに完全に忘れていた。
キラの頭はグラグラしていた。
もう本当に撤退しようと、入ってきた窓へと向かおうとしたとき、突然弾けるような笑い声がした。シンだった。
「なーんだ、コレ偽物ですよ! あは、俺たち、何マジになってんの? バカらしー」
やけに明るい声だった。
だが、空気はしらーとしたまま、それに応える返事も笑い声もない。
「まさか、コレを信じたんですか? やだなあ、二人揃って。ちょっと考えたら、こんのあるはずないじゃないですか。決定的な偽情報の証拠ですよ、だいたい生まれた年を間違っているところからして別人でしょう? よくいるんですよね。こういう早とちりする奴って」
「それは、ラクスが直々に関係機関に送っているし、様式も正式なものだ」
「えっと? アスランさん、何いってんの? だってこれ、どう見たってオカシイでしょ? ……って、まさかアンタら、これ本気で信じたんですか? もしこれが本当だったら――アンタらと同じってことですよ?」
「いや、俺達は十月だから、それより五カ月早いってことになるな」
ぼそりと聴こえた声は、キラには双子のどちらのものか分からなかった。だが、うろたえているのは明らかにシンだ。
「いや、だから、オカシイでしょ? アリエナイでしょ?なんで二人して、まるっと信じてんですか? アレックスさん、アンタ、いつもはもっと冷静でしょ?! アスランさん、何、暗くになっているんですか。これ絶対にオカシイですって! 何で、こんなガセ情報にショックを受けてるんですか、ねえ?」
シンの声だけが虚しく響くが、キラには内容が把握出来ない。
――お仕事の話なのかな?
「だから、この報告書が本物のわけないじゃないですか」
弾き飛ばすように自信満々で笑うシンの声がするのに、部屋に漂う緊張感は緩む事はない。
「シン……日付は間違いではないと、思う。朧げではあるが、なんとなく聞いた覚えもある、それから――キラにはまだ」
「あー、いいですって!」
重い口調のアスランに反して、遮るシンはそれを全く取り合う様子はない。
「そのことはこっちに戻ってからすぐに、オタクの執事さんから五月十八日のことは一通り聞いたんですけど、何か説明が面倒だったから、キラには教えなかったんですよ。ホント、ガセ情報を信じて安易に説明しなくてよかったですよ。それじゃなくても『ナゼナニ』煩いのに、下手に教えてたら撤回も面倒ですし。でもまあ、一応聞いたからには、とりあえず俺は、その辺の菓子で機嫌をとっておきましたよ。あと、髪も洗ってやったし、一緒にゲームもしてやったし――って言っても、いつもと同じだから何も気付いてないでしょうけどね。まあ、本人はおろか、こっちも何も知らなかったから、多少は思うところもあったんですが、なんて言うか……ホント、この報告書はないですって! 今月ピンチだから、本物だったら、もう少し良い物を買ってやらなくちゃとか、後ろめたかったからホッとしましたよ」
シンが溜息をついたそのあと、再び沈黙が続いていたが。
「――そんな顔で睨むなよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいだろ」
不機嫌を押し隠すような声色は、アレックスだろう。
ということは、同じく黙りこんでいたアスランの機嫌も悪いらしい。
「オマエ、いつもそうやって黙ったまま人を動かそうとするよな」
「俺は何も言っていないだろ?」
「じゃあ、教えてやるよ。……俺は一週間ほど前、アデスからその報告書を貰ってすぐに、プレゼントってほどじゃないが、『その辺にあった』ヒヤシンスの水栽培セットを渡しておいたかな」
「へえ、さすがアレックスさんだな。それってキラの部屋の窓にあったあれでしょ? なんか、すごく大事にしているみたいで昨日の夜、見せてくれましたよ」
シンの言葉を聴き、まんざらでもなさそうにアレックスが喉で笑った。
「五月はデザートに毎日ケーキを食べさせていたから、十八日も確実に食べさせてるはずだ、きっと」
「やだなあ、アレックスさんでもあんなのを信じたんですね? でも、冷静に考えて変だって気付いたんでしょ?」
「いや、シン……それとこれとはちょっと」
「いい加減にしろ」
ドンと、大きな音がした。机を叩いたのかもしれない。
「この報告書は本物だ。書いてある内容も、正真正銘の事実で、ラクスの署名もある。それが何よりの証拠だ」
「そんな怒らなくても、っていうか、そんなわけないですって! だって、あんなチビで、菓子のオマケで狂喜乱舞するオコサマですよ? ナイナイ」
手を振る様子が分かるようなシンの声に、アスランの疲れ切った溜息がさらに増えた。
「シン、真面目に聞いてくれ。アレックスもシンによく説明してやってくれ」
「俺はなんとも言えないが、ラクス・クラインの署名が本物なのは確かで――シンの手にある報告書に関しては、それが全てとしか言いようがない」
「え?……えと? だから?」
「クライン家の懇意にしているドクターからきちんと裏も取っている。そのドクターは誕生する前からキラを知っていた。そしてメンデルの極秘資料の中にキラのデータはあったそうだ。キラはメンデルで特別に作られた子供だ」
「メンデルって、あの――」
シンの声が急に細く小さくなって、キラは不安になった。
――メンデルって何? 何かよくない事だろうか?
わからない。
ただ、アスランの声がよどみないのが怖かった。
「信じられないのは俺も同じだ。……結局は普通の子とは違う、そう言う事だ」
「ちょっと待てよ。俺だって、それは分かっていたさ。でも、だってアイツが特別でも、それは猫耳ってだけで、どう見たって普通のガキだし……」
シンは強い口調で憤っていたが、戸惑うように何度も口ごもる。
ただアスランだけは淡々としていた。
「普通なら狙われない。本来なら、このデータも機密に値するんだ」
「そんなことは分かってるさ。でもやっぱりその日付は変だろ、アリエナイ。絶対に信じられるかよ」
シンの声は掠れていて、泣いているように聴こえた。
みんなの声が小さくくぐもり、聴き取るのが難しい。
「シンの気持ちも分かるが、事実は事実として認めたうえで、今後のキラに対する一定の指針を決めておかけなければいけないだろう。それが不十分だとしたら、ここにキラを置いておくことがキラの為にならないことになる。このデータを見せられた以上、子供だからと侮って囲っておけばいいと言うわけにはいかない」
「だから、俺は信じないって言ってるじゃないですか! だって今さらどう接すればいいんですか? アンタだって他人事じゃないんですよ? 数ヶ月とはいえアンタよりも上ってことなんですから」
潜めてはいるが、シンの叫ぶ声が響いた。
キラには良く分からないが、やはりすごく大事な事を話している気がした。
キラには教えて貰えない、大事なこと。
どうせまた、教えて貰えない。
教えて貰っても、きっとどうにもならないことだ。
不安定な身の上は、その精神をも危うくする。
そして、まさに隣の部屋でアスランが危惧していることのひとつは、キラに淋しい思いをさせているということで、キラを淋しがらせているという執事からの報告だった。
ドアの向こうにいる皆が小声になって聴き取りにくくなると、余計に不安になってしまい、キラは、もう一度ドアの近くに寄ろうとした。
少しでも、みんなの近くにいたいのだ。
けれど、猫耳を持つ以上、そう出来ない理由があることも思い知る。
キラにしか見えない垣根があるようだ。
不穏な空気が自分のせいだと分かるから、近寄るのが怖くなる。
――っていうか、本当に猫耳がすべての元凶なんだよね。
平和な世界に紛れ込んだ異端者。
それは今さらだったが、どうにもならないのが可笑しくてキラは笑ってしまう。
けれど、笑ったら涙がこぼれてしまうのは何故なのだろうか。
仕方のない現実なのだから、いい加減慣れなければいけないのに、キラの心は弱くて、勝手に悲しくなって困ってしまう。
平気な顔ができないなら、もう皆の前には出られない。
あのドアに近づいて知ってはいけない。
――とりあえず、見つからないように消えなきゃ。
向こうは、まだ言い争いが続いているのが分かる。
よく『喧嘩じゃなくて話し合い』だとアスランやアレックスは言うが、理解出来ないことが多すぎて不安なのだ。
大好きな人たちが争っているのは自分のせいのような、そんな気がする。
それを確かめる事も、どうにも出来ない事も辛くなる。
考えていると、眩暈がしてくるのだ。
ただ、ひどく悲しい。
にじんだ世界に、ふらりと足を踏み出したそのとき、突然足がもつれて倒れてしまった。
絨毯に膝をついたとき、傍の家具とぶつかったようで何かが落ちる音がした。
そのとたん、騒がしかったドアの向こうの話し声がいっせいに止まり、一転してあたりが静まり返った。
そのまま、何も音がしない。
――どうしよう、バレちゃったかも。
キラは床に手をついたまま、固まった。
胸の奥から不穏な音が鳴り響いて、内側から壊れてしまいそう。
今にも飛び出しそうなその場所を手で押さえて身体を丸め、目を閉じる。
すると、瞼の中の暗闇が重く圧し掛かってきて、キラの力を完全に奪った。
ブラックアウト。
だが、急速に意識が遠のいていったことも、キラが気付くことはなかった。
 


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いまごろですが
あけましておめでとうございます。
年末年始に風邪を引いたお客さんからうつされたり
寒くてへロリとしていたりですが、おおむねげんきです

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