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ザックスくん

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ダブルシークレット12

どうせなら、ちゃんと「サヨナラ」と言って欲しかった。
だったら、今みたいに泣かずにすんだかもしれないし、お別れだって言えただろう。
けれど、きっと猫耳には、そんな価値すらないのだろうか。
後ろ向きな事ばかりを考えて、自虐に浸っていても仕方ないが、ちっぽけなキラには、きっとそんな権利すら与えてもらえないのだろう。
だから何も教えて貰えず、要らないと言われれば他所にやられるしかない。
一方的に、それを受け入れられるほど、まだキラは強くなれない。
アスランに拾って貰ってからずっと幸せ過ぎていたから、聞きわけがなくなってしまったのかもしれない。
以前は、何も望む事などなく、望む事すら知らなかった。
でもザラ家に来てから、溢れるほどたくさん、色んなものを与えて貰っていた。
でも同時にそれは、ザラ家にとってリスクの大きいことだと知っている。
それでも敢えて置いて貰えたことは、感謝してはいるのだが、助けて貰ったのに酷いことをされているような、恩知らずな事を考えてしまう。
――イイコになるから、キラのこと仲間ハズレにしないで。
きっと、ヒドイ顔をしていると思ったが、幸い背後のアスランから顔を見られることはない。
背中に触れるアスランの胸。
触れている場所は温かいのに、居心地が悪くて苦しくなる。
アスランは優しいけど、キラの権利など認めてくれない人。
何も知らない猫耳のキラを馬鹿にして、きっと見くびっているのだ。
嫌いになってしまいたいのに、どうしてこんなに離れたくないのだろう?
――困らせたくないし、笑っていて欲しいのに、ダメだなあ。
考える事に疲れ果てて、キラは何も考えない事にした。
その方が、イイコでいられる。
アスランを安心させられる。
「キラのマスターのおうちの灯りは、どのへんなの?」
話を逸らしたくて元気な声で訊いたとき、背後のアスランの吐息がキラの頭にかかった。
「残念だけど、ラクスの家はここからは見えないんだ」
「え?」
キラは大きな目を瞠った。
意味が分からなかったのだ。
「彼女の家はアプリリウス市にあるから、別ブロックになるんだよ」
そう言いながら、エレカのナビモニタに地図を出して説明をしてくれた。
プラントのコロニーの成り立ちすら、キラは知らなかったし、知ろうとしなかった。
知っているのは、ザラ家の敷地内の、それも一部だろう。
それで事足りていたから、プラントについて調べることなど、思い付きもしなかった。
今になってみると、残念でならない。
もっと為になることを、覚えておけばよかった。
これから連れて行かれるところは、思った以上に遠いのだと初めて知った。
「そういえば、地球の地理は教えた事があるけど、プラントは教えてなかったね」
耳元に響くアスランの声に悪意がないだけ、キラは悲しい。
「ううん……どうせキラ、すぐに飽きて寝ちゃうし」
「そんなことないだろ。ずいぶん熱心だとアデスから聞いている。その事も考えの足りなかった俺のせいだ」
アレックスと入れ替わることはあるが、基本的に不在の多いアスランとキラの接触は、あまり多くはない。
そのうえ一緒にいるときの話題は、マスターについての話――結局はザラ家から出て行くべきだという話になってしまうことが多かった。
マスターであるラクス・クラインが、どんなに大事に育ててくれていたのか、だとか。今も心配して心を痛めているとか――確かに大切なことではあるのだろうが、キラはどうしていいか分からなくなってしまう。
アスランは正しくて、教えてくれる事は、すべて本当だと言う事も知っていた。
キラの身体の心配もしてくれるし、気にかけてくれる。
けれど、キラは皆と一緒にいたいのに、やんわりとマスターの元へもどるよう説得を続けているのだと思うと、胸が塞ぐのだ。
アスランはマスターの味方であって、キラの味方ではない。
それは、仕方のないことだ。
「地図は自分で読み出せるからヘイキ。本当に、今まで興味がなかっただけだから、きっともっとプラントにも詳しくなるよ」
「じゃあ、何か教材があるといいけど」
アスランはモニタの画面を切り替えた。
すると、しっとりした音楽が流れて、モニタの中でピンク色の髪の少女がゆっくりと顔をあげ――そして歌い始めたところだった。
光と花と、そして青空にはラクス・クラインという装飾文字の字幕。
白いドレスの少女が祈りを捧げるように歌う姿は、絵本の中の女神さまのよう。
とても懐かしい声を聴いた気がした。
――このひと……ラクスって……。
固まったキラが唇を開く間もなかった。
アスランはタッチパネルを突くようにして、画面をニュースに切り替えた。
きっと全くの無意識だったのだろう。
アスラン自身も自分がしたことに驚いたようで、画面で手が固まったままだった。
「……悪い」
戸惑い、呆然とした声。
顔が見えなくとも、キラの狭い視界からでも、アスランが焦っているのが分かる。
ラクス・クラインという名前は、マスターの名前だと教えて貰っていた。
モニタ画面は一瞬だけでハッキリしないはずなのに、それがマスターだと気付いたのは、歌声を聴いたからなのだろうか?
吃驚してしまったのが悪いことのような気がして、取り繕いたかったが、振り向いてアスランを見上げる事すら出来そうにない。
やけに明るい声で読みあげられる気象プログラムが、返って気まずい。
まだ戸惑うようなアスランの指先がパネルの上を動いたとき、思わずキラはその白い手をギュッと握りしめて止めてしまっていた。
アスランの指先が驚いていた。
無意識だったので、キラはもっと驚いていた。
アスランの手が、やけに冷たかった。
「あ、あの……」
慌てていたせいで、何が言いたいのかキラ自身にも分かっていなかった。
――何か言わなくちゃ、何か。
何か言わなければ困らせる。
すでに気象プログラムの読み上げは終わり、ディセンベル市にオープンした植物園の特集番組に移っていた。
「この植物園、ここ見たいから、あの……だから、このままにして欲しい」
緊張のあまり、窒息してしまいそうだった。
けれど、キラの背後から困ったような溜息が漏れた。
そういえば、屋敷の外に出るなと厳命されていたのを思い出して、キラは余計に焦った。
「あ、あの、あのね。ここに行きたいわけじゃなくて、今だけ、モニタで見るだけでいいから」
「――そうじゃなくて……」
抱きしめる腕がギュッと強くなり、身体で包みこむようにアスランに抱きしめられていた。
そして耳元でゴメンと囁くような声がして、キラは震えた。
――どうしよう。
アスランが、もう一度、あのピンクの女神さまを出してくれようとしたのだと分かっていたのに、遮ったのはキラだ。
けれど、キラは見たくなかったのだ。
自分のマスターを知れば知るほど、アスランやみんなが遠くなる気がして、心もとなくてたまらなくなるから。
今までラクス・クラインの元へ戻るように説得されてはいたが、画像一枚、見せて貰ったことなどなかった。
こんなにアスランが慌てなかったら、彼女がマスターだとは気付けなかったかもしれない、いや、気付かない振りだって出来ただろう。
実際、一瞬だったせいか、もう髪がピンク色だっただけで、顔も忘れてしまった。
今からマスターの元へ送り届けられるのだとしても、少しの時間でも考えたくはないと思ってしまった、それだけだ。
「……ダメだな、俺は。本当に自分が嫌になる」
アスランの声と当時に抱きしめられた腕が緩んで、思わずキラは振り向いてしまった。
パーキングエリアのオレンジの光に縁取られたアスランは、目を伏せて額を押さえていた。
疲労が深いのは一目瞭然で、考えてみれば、アスランは長期任務から戻ったばかりで、いつもなら部屋にこもっているはずだった。
それなのに、キラを送り届けてくれようとしているのだ。
「あの……ワガママ言ってごめんなさい」
「キラは悪くないだろ」
「だって……さいごなのに」
最後と言う言葉が、辛くて声が潰れる。
「最後って……」
何故だか意味が分かっていないアスランを、キラは残酷だと思った。
皆でマスターの元へ返すのだと決めたのではないのだろうか。
「だって、キラ、捨てるられるんでしょ……」
「捨てるって……どうして?」
長く息を吐いたアスランが額を押さえたまま頭を垂れた。
ふわりとした髪が白い頬にかかって、ぎゅっと寄せられた眉根に苦悩が滲んでいた。
こんなに苦しめていたのだと、キラは思った。
「だって。キラがいたら迷惑なの、分かってるから、だから」
「誰が迷惑って言ったの?」
目の前の怖い人に指をさしたかったが、怖くて無理だった。
確かにアスランは迷惑だとは言っていないし、誰も言ってはいない。
「でも、だって」
顔をあげたアスランの静かな双眸で見つめられて、キラは、くしゃりと顔を歪めた。
端正な容貌は変わらないが、明らかにアスランが怒っていたからだ。
先ほど泣いたので、もう泣かないと決めたのに、やはり無理だった。
嫌われると思うと、胸が潰れてしまう。
「だって、キラのせいで、みんなケンカになっちゃうのはいや」
「……皆って、昼間のこと?」
泣いて答えられないキラの様子を肯定と捉えたアスランは、再び頭を抱えた。
「俺の部屋での話を聴いて……キラは今、自分がラクスの元へ戻されようとしているんだと思っているっていうこと?」
疑う余地もない気がして怖々とコックリ頷くと、アスランはシートに沈んだ。
ひどいダメージを受けたボクサーのようだった。
「確かに俺が悪い。悪いんだけど……なんで俺ばかりこんな役回りなんだよ……」
ブツブツ言いながら眉間に深い皺を刻んでいて、キラは自分が言いすぎたのだと思いこんだ。
「あ、あの、アスランは何も悪くなくて、たぶん、マスターの元へ戻ったほうが、みんなのためにいいって分かってるから、だからキラは」
上手く言えない。
だが、幸せだったのだからお礼を言いたいと、キラは心から思った。
ちゃんと『拾ってくれてありがとう』と伝えたかったが、今、何でもない振りは難しすぎた。
――なるべくイイコにしたかったのに、だめすぎる。
どうしようもなく、空気が重く圧し掛かる。
しばらく黙りこんでいたが、またひとつ、腹立たしげに大きな溜息をついたアスランは、まっすぐにキラを見下ろしていた。
「俺はただ、キラに夜景を見せたくて――それだけだ」
「……え?」
ドライバーズシートのアスランの膝の上で、思わずキラは身を引いていた。
その小さな背中に、宝石のような夜景が広がっている。
「夜景って、ビューポイントっていうのと同じ?」
ポカンとしたまま、キラはアスランを見上げた。
それを引き寄せられてギュッと抱きしめられたとき、吃驚して涙が引っ込んだ。
夜景だとか見せるだとか、連結しない単語が踊っている。
一体、何がどうなったのだか、まだ理解出来なかった。
だが、抱きしめられた腕が強くて、ずっとこの中にいたいと願った。
けれど、それは口に出してはいけないことだ。
「急だったからアレックスみたいに気のきいた誕生日プレゼントも用意出来ないし、シンみたいなことも出来そうになくて、だからせめてこんな事しか思い付けなかんたんだけど、まさか捨てるとかって……どうしてそうなる」
咎めるようにさらにギュッと力を込めて抱きしめられて、キラは慌てた。
正しい答えが分からない。
「だってキラは、マスターがデータで、みんなが困るから、返そうってみんなで決定したんじゃないの?」
意味を理解していないキラは、思いきり支離滅裂だったが、それはさらにアスランを落ち込ませていた。
実際のところ、何が問題でシンが怒っていたのか、キラには全くわかっていなかったのだ。
――そもそも、誕生日って……。
キラには訳が分からない。
ようやく説明の必要性について気付いたアスランは、難しい病名を告げる医者のようにキラを見つめて口を開いた。
「俺たちも知らなかったんだけど、5月18日がキラの誕生日――つまり生まれた日で、本来ならば皆でお祝いする日だったんだ。昼間は三人でそのことの確認をしていただけだ」
確認だという雰囲気ではなかったような気がしたが、キラにとって重要なことは、それではなかった。
「えと、じゃあ、捨てなくていいの?」
「だから、なんでそんなこと思うの?」
明らかに機嫌が悪くて、キラは怯んでしまう。
無用に怯えさせてしまい、はあと溜息をついたアスランは、頭痛を堪えるような困った顔で、先ほどシンが手渡したバスケットを後ろから取り出して助手席に乗せた。
クリームの甘い香りが、ふわりと漂ったが、今のキラにはどうでもよかった。
「意味、分かっているかな? 一般的に、誕生日にはケーキを食べてお祝いをする。キラの具合が悪くなければ、近くの別宅でそうしようと思って、これは用意させたものだ。それでも信じられない?」
「そ、そうなんだ」
ケーキはマスターへの手土産だと思っていたキラは、やっと自分の思い違いに気付いて、身体の力が抜けた。
「よかったぁ……」
ぐったりして笑うその様子から、キラの思い違いを正確に推察したアスランは天を仰いだ。
「信用がないのも無理はないけど、これほどとは」
「……ごめんなさい」
「いや、普段俺がラクスの元へ戻るように言っていたのは事実だから仕方ないのだけど――でも……今日はもう……ま、いいか」
キラにとって、誕生日よりもザラ家から出ることのほうが重大なことだというのを目の当たりにして、アスランは良心の呵責に苛まれながらも、唇が緩むのをとめられない。
「とりあえず誕生日プレゼントに希望するものがあったら用意するから」
「誕生日とかよりも、キラはずっとこのままがいい」
「そうじゃなくて、ちゃんと誕生日の意味分かってる?」
「ケーキが、お祝いをする?」
「いや、あのね」
少し慌てているアスランが面白くて、キラは笑ってしまう。
まるで本当に「ずっとこのままでいいよ」と、言って貰っているような気がしたのだ。
意味を理解しそうにないキラが、べったりと抱きつくと、アスランが、急にクスクスと笑い出した。
――アスランが笑ってる。
キラは自分が夢をみているのだと思った。
実際、安心したせいか急速に襲ってきた眠気に抗えなくなくなっていたのだ。
子猫の規則的な寝息は、強力な睡眠薬より効果的で、すでにかなりの疲労が蓄積していたアスランは、ひとたまりもなかった。
一瞬、気が緩んだのがいけない。
「あったかいな、キラは」
眠そうなアスランの声が遠くなり、それが寝息に変わるまでは、それからほんの数秒だった。
 
おしまい

とりあえずあぷ

あ、このあと不機嫌なシンがバイクで回収にきて、フロントガラスコンコンってされても
ねむりこけてるアスランとキラなのでした。

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