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ザックスくん

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ダブルシークレット11

大きなハイウェイに出るまで、窓の外は何も見えなかったが、キラは暗闇の中で必死に目を凝らした。
そうしていなければ、嗚咽を漏らしてしまいそうだったからだ。
窓に額を押し付けて、飛び散る黒い影を見送った。
全部、初めて見る、知らない景色だった。
闇夜を漆黒のエレカが疾走する。
滑るように進むエレカと一緒に、前へ前へと運命は進んでしまうのが肌身にしみた。
遥か前方で、闇に浮かぶ点のように見えたオレンジ色の光が、みるみる大きくなって行く。
光に包まれたロボットのようなゲートからハイウェイに入ると、あたりは一面、静かなオレンジの光に包まれていた。
そこからは景色が一変した。
元から滑らかであったが、エレカのスピードがさらに加速して、エレカに翼が生えたよう。
以前、シンの話してくれたジェットコースターは、こんな感じなのだろうかとキラは思った。
眠る前までは、まだ昼間だった。
ただ幸せな気持ちでヒヤシンスを抱えて歩いていた。
そんな、ほんの数時間前が、ひどく遠い。
屋敷にいるアレックスにも、お礼もお別れも言えなかったが、忙しい彼には、その方がよかったのかもしれない。
本当は、シンですら淋しさの欠片もない、晴れやかな顔で見送ってくれたことがショックだった。
運転席のアスランは黙りこんだままで、キラはブランケットの隙間から、その横顔を伺う余裕もなかった。
たまらなく不安で孤独で、消えてしまいたい。
アスランから話しかけられないことが悲しくもあり、有り難くもあった。
バスケットを抱えた手が、固まってしまったように感覚がない。
どのくらい走っただろうか。
もうキラは泣き疲れて眠くなってしまい、もう窓の外も見ていなかったから、景色が止まっていることにすら、気付けなかった。
「キラ?」
アスランの小さな声がしたが、話しかけられても半分夢の中のようだったのだ。
囁くアスランの声が静かすぎたせいもある。
エレカが、あんまり滑らかな走りだったので、いつ停止したのかも気付く事ができなかった。
涙で視界が滲んでいたので、景色を見ることは早々に諦めて、抱えた大きなバスケットに頬を乗せていたせいか、いつのまにか景色が止まっていることにすら気付かなかった。
アスランの運転が上手すぎたせいもある。
「眠っちゃったか。……仕方ないな」
少しだけ苦笑まじりの呟きに我に返り、キラは慌てて顔をあげた。
「お、おきてる」
「え?」
キラのすぐ目の前に、ちょうど伸ばしてきたアスランの長い指と少し驚いた顔があった。
額を撫でてくれようとした手だろうか?
だが、キラが顔をあげると戸惑ったように握られ、アスランの顔と一緒に遠ざかってしまった。
――どうしてオデコ、なでてくれないのかな……。
さわって貰えないことが、淋しいのだとキラは初めて気付いた。
「ここ、ビューポイントだから、喜ぶかと思ったんだけど」
何事もなかったようにつぶやくアスランの人差し指が、暗いフロントガラスを「ほら」と差した。
名残惜しかったが、キラは言われるままに、じっとアスランの指の先を見た――が何もない。
「そこじゃなくて、参ったな。……この前方なんだけど、ああ、そうか」
一人で納得したアスランの声が、珍しく少しだけ笑っていた。
「ちょっと貸してみて」
戸惑うキラの膝の上のバスケットを、ひょいとアスランは取りあげた。
テキパキと動くアスランが、ひどく素っ気なく思えて、キラは自分も後部シートへ移動させられるバスケットと同じだと思った。
光の弱ったキラの瞳には、まるで闇の中に消えてしまうように映った。
「座ったままだとキラの場合、ちょっと厳しいだろうから……ちょっと待って」
自分の座席シートを後ろに下げてから、アスランはキラに覆いかぶさるように手を伸ばし、シートベルトをはずした。
一瞬後、ふっと身体が自由になったが、その自由が不安でキラはシートにしがみついた。
もしかしたら、ここで捨てられるのかもしれない。
息がかかるほど近くにいる大好きな人は、もうキラを拾ってくれないのだ。
けれど――。
「ちょっと狭いけど、おいで?」
「へ?」
優しい声で腕を引かれたときに、かぶっていたブランケットがハラリと落ちて、キラの猫耳は飛び出してしまった。
それを隠す間もなく脇の下を抱えられて、ふわりと抱き上げられると、みるみるうちに目線が高くなる。
驚いて顔をあげると、至近距離にアスランの顔があり、キラはその膝に抱き上げられていたのだ。
抱き上げられたことは何度もあるが、こんな耳元に息がかかるほど密着することは稀で。
「今度は見える?」
暗闇の中から耳元に響く声は睦言めいて、意味も分からずキラは鳥肌がたったが、いつも通りアスランは冷静で、一人で恥ずかしがったり、赤くなっている自分が、キラは恥ずかしい。
慌てて顔をあげると、その次の瞬間、フロントガラスごしの景色がキラの視界に飛び込んできた。
今まで、座高の低い上にブランケットをかぶっていたので、キラから見える視界は狭く限られていたのだ。
目にしたそれは、光の海原のようだった。
「うわぁ」
思わず声が出た。
フロントガラスの向こうに広がっていたのは、キラの初めて見る美しい夜景だった。
夥しい光が集まり、まるで呼吸しているように瞬いてる。
闇に住む、美しい生き物のようにも見えた。
「うちは、あの辺」
指をさして教えて貰ったが、光が瞬くばかりで分からない。
けれど、あの光の中のひとつに、今もシンやアレックスがいる。
それは、ひどく不思議で想像が出来ない、まるで夢のような気がした。
ほんの先ほどまで、自分もその中にいたはずなのだと思うと、キレイな光は、ひどく切なく映った。
「こうやって外を見せた事は、一度もなかったね。気にはなっていたんだけど、キラには屋敷の中ばかりで息苦しい思いをさせて悪かったと思っている」
命の恩人のアスランから謝られて、キラは返事などできなかった。
お別れを言われているのだと思ったからだ。
気付かすに夜景に心を奪われているふりをして、教えて貰った屋敷の方向を仰いでいた。
離れるのかと思うと、胸がきゅうきゅうと軋むよう。
けれど、困らせてはいけないと知っていたから、唇だけ笑おうとしていた。
幸い、背後のアスランから顔を見られることはない。

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