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ザックスくん

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ダブルコール 6

着せて貰った裾の長いパジャマはクタクタした柔らかなガーゼ素材だったが、キラには大きくて袖から手が出ていない。
これでトレイをもつと肘まで袖が落ちてしまうだろう。
――本当にこれでいいのだろうか?
大きめの上着はガバガバで、完全にキラは着られているのだが、バスルームから出た途端にメイドから手を引かれ、執事の元へと急いで走らされた。
「キラ様っ、大丈夫ですか? 本当に申し訳ありません、時間に遅れると面倒なことになるので」
「へ、へいきですっ。っていうか、遅れてしまってすみません」
自分で髪を洗うのが苦手なキラは、身支度が下手なのだ。
それもこれも、全部猫耳のせいだとキラは思う。
要領が悪く、何かと遅れるせいで、頻繁に執事から叱られているので、怯えるメイドの気持ちは痛いほど分かる。
オデコ全開で走って、何度も裾を踏んで脱げてしまいそうになったが、なんとか執事の元まで辿りついた。
「時間通りですね」
言いながら執事は手早くキラの襟を直してくれ、布の手触りを確かめるように肩から腕へと手を滑らせて、満足したかのように頷いた。
「髪が完全に乾いておりませんが、まあいいでしょう。寒くはありませんか? あまり御時間を差し上げられませんでしたが、大丈夫でしょうか?」
執事として、キラの体調確認を消化しなければならないのだろう。
淡々と問いながらアレックスの部屋の前まで付き添ってくれ、ドアの前のワゴンをキラに見せた。
「では、ここからがキラ様のお仕事です。たぶんまだ、アレックス様は書類に目を通されている最中で、お眠りになられる状態ではないと思いますので、お部屋に入られましたらハーブティーの準備をお願いします。カップは二つ用意してありますので、よろしかったらキラ様もご一緒されると良ろしいでしょう。それでもアレックス様がベッドに入られる様子がありませんでしたら、キラ様が眠らせて差し上げてください」
「ね、眠らせてって……」
――どうやって?
当たり前のように言われても、意味が分からなくて戸惑ってしまう。
そんなキラに気付かず、執事は小さな溜息をついた。
「今のアレックス様は連日の過密スケジュールのまま暴走中の状態なのです。昨年まではここまで酷くはなかったのですが、毎朝チャージなさったキラ様の力が効き過ぎて終われなくなってしまわれたのでしょう。神経だけひどく昂ぶって冴えておられますが、もうお身体は限界のはずです。ですのでキラ様のお力で暴走状態を鎮めてさしあげてください」
「鎮めるって、そんなの……だって、そんなのやったことないです」
前にシンが飲んでいた睡眠剤を飲んで貰ったらいいのだろうか?
この間帰って来たとき、シンが仕事で疲れているのに眠れないと言って飲んでいたのを知っている。
あの薬は、まだシンの部屋にあっただろうか?
あれと同じものを、執事はもっていないだろうか?
説明したいのに、そんな余裕も与えてもらえそうにない。
「申し訳ありません。……今にして思えばキラ様とツリーの飾り付けをして頂いたほうがよかったかもしれませんが、完全に緊張感を途切れさせてしまわれても困るのです。アスラン様とアレックス様にはザラ家を守っていただく義務があるのです。それは御二人とも一番に分かっておられるとは思いますが」
本来ならば、猫耳の子供にかまう時間などないのだと執事は言っているのだ。
分かっていた事だが、キラは消えてしまいたくなる。
「大丈夫ですよ。とりあえず暴走状態のアレックス様に眠って頂ければ良いだけですから。キラ様が傍にいて下されば、きっとそれで収まりますから」
キラ様の効能が予想以上でしたと、執事は招待客リストを見せた事を後悔しているようだったが、キラはそれどころではない。
「あの、だから寝かしつけるって……そんなのどうやって」
起こした事はあるが、眠らせたことなど一度もない。
キラの経験の中で、そんな仕事は今まで貰った事がないのだ。
だが、有無を言わさず執事は笑ってキラの背中を押した。
「なに大丈夫です。キラ様なら簡単にお出来になられます。さあ急いで」
おざなりなノックでドアを開かれ、キラはワゴンのハンドルを握ったまま後ろから背中を押されて、部屋へと押し込まれた。
「あの……」
振り向いた目の前でドアが閉まり、後に引けないと知る。
久しぶりの執務室はよそよそしく、配置も何も変わっていなかったが、確実にキラを歓迎していないような気がした。
一つだけ開いたままのカーテンを見つけて、キラは窓辺へと歩いて行き、カーテンを握り閉めると、ツキンとした冷気が尖った耳に突き刺さる気がした。
薄暗い庭に、いつの間にか白い雪が降りてきていた。
確か、夕方から冷え込むと執事が言っていた。
雪を見るのは初めてではないが、この冬、初めての雪だった。
みるみるうちに外が真っ白に覆われていく。
飾り付けの途中だったクリスマスツリーにも、雪をつけたら可愛いかもしれない――などと考えていると、すっかり身体が冷えてしまった。
――グズグズしていたら、お茶が冷めちゃうかも。
ワゴンを押して奥のアレックスの私室の前でノックをしたが、返事はない。
「本当にいるのかな? ……もしかしたら、もう寝ちゃっているのかも」
息をひそめ、ほとんど聞こえないくらいの強さのノックでドア開いて覗き込むと、部屋の中央のテーブルの向こうにガウンの背中が見えた。
机に向かっている様子では、まだ仕事中なのだろう。
奥のベッドに、シーツの乱れは全くない。
眠るつもりはないのだろうか?
まるで声をかけるのも憚られるほど真剣で、周囲の音すら届いていないようだった。
気付いて貰えるまで待とうかと思ったが、それは難しそうだった。
ぶ厚い資料を捲る音だけが静寂の中で響いた。
幸い部屋は暖かくて、キラは少しだけ安心した。
――とりあえず、お茶を入れよう。
ワゴンをテーブルまで押して行き、ティーカップをセットして、ハーブティーを注ぐ。
音を立てないように気をつけたが、どうしても上手くできない。
それでも、カチャカチャと音はしたはずなのに気付かれてはいないようだ。
胸を撫で下ろしつつも、気付いて貰う努力をしなければならないことに緊張する。
「あの……」
声をかけてはみたが、全く反応がない。
どうしたらいいのだろう?
抱えていたソーサーをテーブルに置くと、カモミールの甘い香りが、ふわりと辺りに漂った。
そのときだった。
「キラ?」
「……っ、ぇ?」
思い付いたように名前を呼ばれて、キラは飛び上がって壁に貼り付いた。
いつもより声が低く、怒っているように聴こえてしまったのはきっと聞き間違いではなく、後から思えばアレックスの疲れがピークを振り切っていたせいもあったのだろうが、いつもより蒼白い容貌に眼差しも険しく、細い眉は怪訝に顰められていたのだ。
ジャマをしてしまったのだと、瞬時にキラは蒼くなる。
「あ、あの。ノックはしたんだけど」
「そう。気付かなかった」
仕事そのままの、冴えたエメラルドの瞳を向けられると、きっと威張りんぼうのシンですら心臓を打ち抜かれて息が出来なくなっただろう。
先ほどまでは優しかったのに、今はもう仕事の邪魔だと言われているのが分かってしまう。
「あの、お茶を」
「ん……」
緊張して声を出したのにもかかわらず、おざなりな返事に力が抜けそうになる。
キラがカクカクしながらティーカップを机まで運び、そして置く。
その間も、怜悧なエメラルドの瞳は書類を追っていて、いつもみたいにソーサーも受け取ってくれない。
ひどく集中しているのだろう。
まるで石像のように、ほとんど動かない。
キラの目の前にいるのに、ここではないどこかを疾走しているのが分かる。
まるで暴走して止まることも着地することも出来なくて、燃料切れまで飛ばなければならない戦闘機のよう。
こんな状態のこの人を、どうやって着陸させて眠らせたらいいのだろう?
見当がつかなくて、少し怖い。
それでも、どうにかして眠らせてあげなければ、壊れてしまう。
「あの、もう少し、ここにいてもいいですか? ジャマはしないから」
机の横の、アレックスの肘に手が触れる距離でキラは勇気を振り絞ったつもりだったが、返事はなく気付いて貰えない。
「あの……」
返事が貰えないと、そのまま立ち尽くす事しか出来ない。
――出て行けと言われないだけ、マシかもしれない。
キラは、黙って隣にいることに決めた。
部屋の温度や気圧のせいだろうか。
まだ宵の口にも満たないのに、立っていると少しだけ頭がフワフワしてきていた。
ひどくだるくなり、眠い。
カモミールの香りのせいか、瞼が重い。
――眠らせてあげなければならないのに、自分が眠ってどうするんだろう? それも立ったままなのに。
ついには立っていられなくなってしゃがみこむと、何故か椅子に座ったままのアレックスは、キラの額の髪をかきあげるように梳いた。
サラサラで柔らかな手触りが気に入ったように、何度も髪に指を突っ込んで撫であげられて、猫の耳を押しつぶすように地肌に触れられる。
じっとしているキラのコメカミで長い指が止まり、それから頬をなどって頤、そして唇へ。
書類の上から離れなかった視線が、急に気付いたように机から下へと落ちた。
「え? キラ?」
ザラ家の賢い番犬と間違えられていたのかもしれない。
確か時々、執務室で昼寝をしていることがあった。
「どうしてキラがここにいるんだ……」
呆然と呟いて、アレックスは自分の手を見つめていた。
それは、先ほどまでキラを撫でていた手だ。
明らかに動転している様子に、キラも少し目が覚めた。
「あの……少しおやすみされるようにって、アデスさんから言われてきました。ひどくお疲れだからって」
「そうか。そうなのか……驚いた」
釈然としない表情も、薄い微笑みも、すぐに疲労の濃い表情の中に消えていく。
いつもよりも眼の力が弱い。
本当に、このまま眠って欲しいとキラは思ったが、アレックスはキラの言葉が分からないのだ、残念そうに首を折った。
「遊んであげられなくて、ごめんね。待ってくれているのに悪いね。なるべく早く終わらせるつもりだけど、まだ終わりそうになくて――。ツリーの飾りつけは、明日にでも」
本当に申し訳なさそうに言われて、キラは無理に笑って後ずさった。
「そんなのいいんです。それよりも――あの、ここにいても良いですか? ジャマはしないから、あの」
もしも机で眠ってしまったら、ベッドに運んであげたかったのだ。
それが体格的に出来るとは思わなかったが、そうしてあげたかった。
けれど、また書類から目を離そうとしないアレックスは世界すべてを拒んでいるようで、キラは思わず後ずさり、そのまま部屋中央の大きなソファーへ座った。
窓の近くなのだが、カーテンがしまっている。
雪が降っているせいか、やけに静かだ。
「そこ寒くない?」
不意に声がした。
初めは独り言なのかとキラは思った。
何故なら、アレックスはこちらを見ないから。
けれど、たとえ独り言でも、返事はしなければならない。
全くこちらを見ないアレックスに問えようと、キラは直立不動で立ち上がった。
「だいじょうぶです。気にしないでください」
「あ。そう……」
キョトンと反応の薄い表情で、アレックスは顔を上げた。
そして、手を振って座るように促すと、無感動にキラを見た。
「そこ、ブランケットがあるからあったかくして。それから眠くなったら我慢しないで言うんだよ。誰か迎えに来させるから」
親切で言われても、部屋にかえされては困る。
「へいきです! お仕事終わるまで、ここで起きています」
重いため息が部屋に帰って欲しそうに聴こえて、何か他に興味を引きそうな話題を思い浮かべたが、なかなかそれも難しい。
さりげなく子守歌や読み聞かせがいいのだろうか。
考え込むキラを、頬杖ついたアレックスはちらりと見た。
「とりあえず、座って。それから何かオネガイとかオネダリとかあるなら言ってみて」
「そんなの……何も」
まさか、執事から眠らせるように言われているから、早く眠って欲しいとは言いにくく、キラは無理やりに明るく微笑んだ。
「それよりも、熱いうちにお茶をどうぞ。お代わりもありますよ」
「ああ、ありがとう」
やっと礼を言って貰うと、キラはホッとしてワゴンに戻った。
そして自分の分のハーブティーもカップに注いで、ソファーの前のテーブルに置くと、先ほどよりも強い林檎に似た甘い香りがただよってきた。
カモミールは安眠とリラックス効果があると言うが、キラはよく知らない。
一口飲めば、幾分身体が温まってくる。
――とりあえず出来る事はここまで。
アレックスの仕事はまだ終わる様子はない。
退屈で眠い時間が、ゆっくりと流れていく。
キラが5人は座れそうなソファーは、フカフカで柔らかい。
手足を縮めていると、再び瞼が重くなり、ほどなくキラはそのまま眠りこんでいたらしい。
どのくらい時間が経ったのだろうか?
ふわりと柔らかな感触に包まれて、キラはうっすらと目を覚ました。
まだ、部屋の灯りは薄く灯ったままだ。
「……まぶし」
「あ、ゴメン、起こした?」

耳元で聞こえるアレックスの声は丸まっていて、とても近い。
瞼をあげると、ブランケットごしに端正な容貌が見えた。
本当にアレックスだった。
一瞬、ここがどこなのか、綺麗さっぱり忘れて分からなかった。
「キラってすごく……いい匂いがする。柔らかくて抱き心地も……」
ぎゅっと抱き締められて首に顔を埋められ、くすぐったくて、キラは首を竦めた。
「あの」
「いい匂い……ボディソープ新しいのにかえた?」
明らかに眠ぼけて囁く声は疲れているのに、クスクスと喉で笑って可笑しそう。
テンションがオカシイ。
状況は、キラは眠ってしまったらしく、何故かアレックスに抱きしめられて、ソファーに転がっていたのだ。
「悔しいな。あと資料は少しなのに、キラの寝息を聞いていたら、もう限界で無理……抗えない、眠い」
アデスは卑怯だと――キラの使い方をマスターしすぎだと、責めるようにギュッと抱きしめられて、キラは息が止まりそうになる。
眠ってしまうアレックスに反して完全にキラは目が覚めた。
「あ、あの、眠るならベッドに行ったほうが」
「まさか」
「あの、でも」
「……せっかく捕まえたのに、無理。時間ももったいないし、眠いし。キラは俺の名前も呼んでくれないし」
まるで酔っ払いのようだが、声がとろけそうに甘くて、抱きしめる腕はどんどん強くなる。
それに。
――名前って……。
呼んであげていないことを、眠っていても覚えているのだ。
「それは、もう少し待ってください」
思わずキラは、目の前の胸を押した。
喉元まで出かかっていて、あともう一押しなのだ。
呼ぶべきなのは分かっているし、疲れているこんなときに呼んであげたらいいと思う。
別に大層なことではない――それでも、彼をアスランと呼んでいた時期があることも手伝い、罪悪感もある。
寝ぼけている今がチャンスで、勇気を出して仰向いたそのとき。
「でもアイツだったら、呼ぶくせに? で、もうすぐ戻ってきたら、また俺よりアイツを優先するんだろ? いつだってアイツは特別だし、アイツがキラを連れてきたんだし、アイツにキラは懐いているし」
プライドの高いアレックスがそんなことを言う。
正気なら言いそうにないくらい疲れているのだと思うと、目を閉じたままの言葉は、やけに弱気に聴こえた。
やつれた頬を指先で撫でても、全く目を覚まさない。
「あの……アレックス、さま」
返事はない。
やっと声に出せたのに気付いてもらえず、胸を押さえてホッとしたが、同時に落胆もしていた。
「アレックスさま」
もう一度小さな声で、そっと名前を呼ぶと、呻くような小さな返事が返ったと同時に頬を撫でられ、その手が首に下りていく。
掌は、とても温かかった。
着せて貰ったシャツは、キラには襟ぐりが大きいため、飛び出した肩を温かな掌で包まれて初めて、冷えていたのだと気付いた。
冷たい場所を探すように動いていた手は、キラの肩で止まり、そこを包みこんだ。
目の前にあるアレックスの手首に首をのせると、ひどく安定していて居心地が良い。
そのままキラは、じっと目の前の端正な寝顔を見つめた。
また目が覚めたらジャマだから遠ざけられて、会えなくなるかもしれない。
それも、こんな疲れた寝顔を見てしまうと、仕方ないような気がしてきた。
「アレックスさま。たくさん眠って、お身体を休めて下さい。――ツリーの飾り付けはテキトウにするからだいじょうぶです」
「……ん」
返事が返ってくるのが可笑しくて、少し切ない。
「あまり無理をなさらないで下さいね」
「……ん」
「お仕事のとき、ちょっとは思い出してくれていましたか?」
「……うん」
たとえ嘘でも、疲れて寝ぼけているからでも、嬉しくてキラは笑った。
ほとんど誰とも話せない日が続いていたキラには、返事が返ってくるのは楽しくて仕方ない。
色んな質問をして飽きず遊んだが、アレックスは「うん」と簡単に応えてくれる。
毎朝、オヤツを聞いてくれたというアレックスは、こんな感じで楽しんでいたのだろうか。
「そういえば明日の朝ゴハンで、食べたいものとかありますか?」
「……うん……キ、ラ」
珍しく発せられた、うん以外の言葉だった。
「えと、キラ……食べるの?」
「……うん、たべる」
質問の答え的に進歩しているのは確かだが、食べると言われても困る。
キラは寝言のオヤツを出して貰っていたが、上手くいかない物だ。
――困ったなあ。
目の前で幸せそうに微笑む寝顔を、キラは大きな菫色の瞳で見つめた。
困りはしたが何故だかくすぐったくて、アレックスの胸に額をグリグリと埋めた。
――もう寝よう。
机のライトを消せないのも、ベッドまで運んであげられないのも、自分の部屋にかえらないのも、もうどうでもいいと思った。
居心地の良い腕の中。
アレックスの見ている夢を、キラも見たいと思った。
それかキラの夢を見せれば、アレックスも食べたい物を教えてくれるのではないだろうか。
食べたい物は目が覚めてから訊こうと、キラは目を閉じた。
クリスマスは、そこまできていた。

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