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ザックスくん

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ダブルコール 4

「うわあ……これ、すごいことになってるね」
大きなツリーを上から下まで目を通したあとに、クスクス笑われてキラは肩を竦めて俯いた。
「すごく頑張ったんだね」
腕を組んで嘆息する姿は、呆れられているようしか聴こえない。
キラは驚くことも忘れて、フラフラと椅子から立ち上がった。
けれど、言葉が見付からない。
いきなりだったせいか、まるで知らない人に出会ったような気がして、キラは後ずさりそうになる。
「アレックス様」
キラの頭の上で、嗜めるように小さく名前を呼ぶ執事の声がした。
「とってもじょうずだよ。キラひとりで飾りつけたんだってね」
偉いねと褒められるが、キラは顔をあげられなくて俯くと、目の前のシャツからふわりと石鹸のいい匂いがし、靴音はキラの前で止まった。
「そういえば、これ」
穏やかな声とともに、オーナメントの数々がテーブルに置かれる――そんなかすかな音のせいで、何故だかキラの身体がふるえた。
星にペガサスにサンタの人形。
トリィが咥えて飛んで行ってしまっていた、それら。
俯いたままそれを見て、キラは、もう唇が開かなくなったかと思った。
トリィは、ご主人アレックスに何度も会いに行っていたのだ。
――キラは駄目だと言われて行っちゃ駄目だったのに、トリィはいいんだ。
何故なら、猫耳じゃないから。
「トリィが運んでくるから、早く終わらせて手伝おうって思っていたんだけど、遅くなってごめんね」
何でもない事のように優しく謝られて、思い切りキラは首を横に振った。
声を出したら、泣いてしまいそうになる。
「頑張ったね。クリスマスが楽しみだと思ったのは、生まれて初めてだよ」
そう言って額を撫でるのは、泣かせるためのような気がして、キラは思いきり首を横に振って大きな手を遠ざけた。
「ゴメン、怒ってる?」
問われてキラは、唇を噛んで俯いた。
怒っていないけれど、怒っているのだろうか。
ひどく苦しくて、悲しい。
「これ、毎日トリィが運んできたんだけど、一緒につるそう?――それで許してくれる?」
すぐ目の前で宥める声は、とても優しい。
でも、少し痩せてしまっているのは泣いているキラでも分かった。
羽織った白いシャツがだぶ付いてしまっているのを見ると、余計に辛い。
疲れているはずなのに、そんなことを微塵も感じさせない気安さは、何故だかキラの胸を塞いだ。
ほんの少し前、ご主人たちのために、ここにいるだけでいいと執事は言ってくれたが、本当にそうだろうか?
何故なら、ご主人たちはキラなどいなくても平気なのだ。
――いてもいなくてもいいんだ。キラひとりだけ役立たず。
必要とされていないのが淋しいのだと、ブレることも許さないほどハッキリと分かってしまった。
こんなに淋しかったのに、昨日も会ったような優しさで微笑みかけられても同じように返せない。
胸の奥底がキュウキュウして、無力さが悔しくて鼻の奥がツンとする。
「アレックス様」
再度名前を呼んだ執事の声には、ハッキリと咎める色が滲んでいた。
「分かっているよ」
だが返事をしたアレックスは歯牙にもかけてはいない様子で、クスクスと笑う声はひどく嬉しそうで、キラは泣きたくなる。
羽で触れるように頬を指でなでられて、キラはギュッと目と唇を閉じた。
「どうして黙っているの?」
上から穏やかな声が降ってきたが、返事など出来るはずがない。
プルプル震えながら首を振るキラの前で王子のように片膝をつくと、アレックスは下から覗き込みながら、俯くキラの頤を持ち上げた。
クスリと笑う気配に、キラは俯くしかない。
「俺のこと、ちゃんと覚えている? まさか忘れちゃった?」
何故そんなことを聞くのだろう?
そんなに簡単に忘れるはずがないではないか。
少し長めの紺色の髪にエメラルドの瞳。
大好きな絵本の王子に似ているのに、忘れるはずがない。
でも、こんな風に見なければ、キラは自分の事など忘れられているのだと知る。
そう思ったからこそ、意地でも目を開こうとしたが、とても開ける状態ではない。
そのことを察して欲しい。
色々聞きたい事や話したいことがあったはずなのに、何も思い出せない。
ただ胸が詰まって、何も言えないし涙が止まらない。
笑おうとしたのに頬に力が入らないのがどうしてだか分からなくて、こんな無理強いは意地悪されているとしか思えない。
嗚咽を噛んでいると、返事をしたわけでもないのに、キラの目の前のアレックスは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。キラに忘れられていたらどうしようかと思った」
言葉と同時に大きな胸にギュッと閉じ込められて、キラは棒立ちになる。
思いをこめた優しい声音で囁かれると、耳がぞわぞわして鳥肌がたった。
ようやく頤から手をはずされたが、下から見上げてくる視線から顔を逸らすのが精一杯だ。
なのに、そんなキラを見てアレックスは、ひどく幸福そうに微笑むのだ。
儚げなほど疲れて見えるのに、エメラルドの瞳が子供のように――本当に嬉しそうに輝いていて、こんな顔を見たのは初めてかもしれない。
それは目の前で泣く子が可愛くて仕方ないという顔なのだが、キラにはそれが分からない。
アレックスが幸福を示すなら示すだけ、ひとりで淋しがっていた自分が可哀相で、キラは身体を縮めて涙をこぼすしかない。
よしよしと髪に指をさし込まれると、とうとう涙は止まらなくなってしまい、わっと泣き出してしまった。
せめて、しゃがみこんで顔を隠して泣きたいのに、抱きしめられた腕を放してもらえず、声が漏れてしまう。
しゃくりあげる声を抑えられないほど、もう限界だった。
なだめるようにポンポン背中を叩かれても、泣いた子供をあやすように笑っている顔が透けて見えるよう。
「キラ? どうして泣くの?」
耳元で囁く声は楽しそうで、返事など出来ない。
そんなキラの背中で、取ってつけたような咳ばらいがコホンと響いた。
「お楽しみのところを大変申し訳ないのですが、アレックス様」
どこか辟易したような、執事の声だった。
「キラ様を、お愛でになられたいお気持ちは、よーく分かりますが。そのくらいにして、続きは明日になさりませ。確かに、このために頑張りになられたのですから、大目に見て差し上げたいのは山々ですが、すでにお身体は限界のはずですよ」
そのとき、まるで魔法の国が作り物と気付いたような溜息が、キラの耳元で響いた。
――ご主人?
そっと見上げると、少し痩せた容貌に自嘲的な微笑みが浮かんで消えた。
先ほどまでの、浮かれた様子が一気に引いて、今は明らかに疲労が濃い。
驚いてしまって、キラの涙は引っ込んだ。
そして、そのままそっと振り返ると、執事はドアの前から動かないまま、肩で溜息をついた。
「それに、これで終わりではないのです。まだクリスマスパーティーの打ち合わせが終わっておりません。招待客リストだけでも頭に叩き込んでおいてくださらなくては」
淡々としてはいるが容赦のない執事の言葉に、まるで観念したかのようにアレックスは目を伏せ、立ち上がった。
視線が遠くなると、そばにいるのに急に一人になったよう。
シュンと俯くキラの頭をアレックスはクシャリと撫でたが、その容貌はひどく儚げに見えて、キラは目の前のシャツを両手で掴んだ。
また行ってしまうのだと分かったからだ。
「さっさと片付けてくるから、もう少しだけ待ってて」
キラは奥歯を噛んだ。
いけないと分かっていたが、頷く事が出来ない。



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