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ザックスくん

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ダブルコール 3

そして。
「そうでございますね。つい先走ってしまいまして申し訳ありません。実は先日、極秘ルートを使って、アスラン様にも暗号電文を送ってしまいました――キラ様が御一人で淋しがっておられます、と――本当に申し訳ありません」
「えっ? それって」
まるで留守番も出来ずに駄々をこねていると伝えられたようで、焦ってしまう。
『キラのことは、アデスに任せてある』と、アスランから言われていたが、身の回りの世話以外の何かをしてもらっているという意識はなかったし、お家第一の執事がする行動とも思えなかった。
「だって、そんなのしたら、吃驚させてしまって……呆れられちゃう」
慌てるキラに反して、アデスは全くよどみない。
「それはそれでよろしいじゃないですか。アレックス様とアスラン様と、どちらが先にお手空きになられるか分からない状況ですし、このままでは埒があきません。ですので、僭越ながらキラさまが御一人で泣いていらっしゃると再三御耳に入れましたところ、案の定、お二人共、よりいっそう御働きのようで、予定よりもずっと早く目処が立つ模様ですよ。きっとキラ様の涙を拭きたくて、たまらなくなったのでしょうさ」
けろりと敏腕執事はそう言うと、ただ唖然と見あげるキラの前でコホンとひとつ咳払いをした。
憮然として見えるが、この執事は見かけ以上に、とてつもない策士なのかもしれない。
ザラ家の事業を拡大して今の数倍の業績を上げるのだと、アレックスとアスランが話し合っていたのを、キラは同じテーブルで聞いたことがある。
急に事業に力を入れ始めたのは、『キラの値段』が、プラントのコロニー一基分以上だからだというヘンテコな理由だった。
自分の値段だと言われてどう反応していいか分からないが、アスランとアレックスは二人でその額を叩き出そうとしているのだと言う。
同じ顔をした二人が、同じ表情で、そんな話をしていた。
あまりに変わらず接して貰っていたので気が付けなかったが、キラがここにいるばかりに、ふたりともが過度の無理をしているのだろう。
それなのに、役立たずの自分が本当に申し訳なくて、ワガママなど言っている場合ではないのだと身につまされるのだ。
キラは自分が猫耳の厄介者だということは知ってはいる。
だが、そのせいで二人が忙しくなってしまったのだと思うと、罪悪感で小さい胸がきゅうきゅうと音を立てて苦しくなる。
何でもない事のように、執事は微笑んだ。
「お淋しいでしょうが、もう少しお待ちになられてください。お二人共、キラ様のために必死でいらっしゃいますよ」
「でも……だって、どうして」
分かりたいのに、分からない。
どうしてという問いすら駄々のようで、本当は聞いてはいけないのではないのかと口ごもる。
だから一人で考えようとするが、考えても考えても、ひどく疲れて消耗してしまうだけで答えなど出ない。
分かるのは、この猫耳さえなければ、こんなに迷惑をかけることもなかったはずだということ。
これを外せればいいのだが、その方法が分からない。
ぎゅうと猫耳を押さえていると、温かい大きな手で髪を梳かれて、ビクリとふるえたキラはノロノロと自分の手をはずした。
この屋敷に保護されて来た当初、キラの猫耳を見るたびに眉を顰めた執事の視線を、キラは忘れてはいない。
あからさまな悪意は全くなかったのだが、厄介者を屋敷に入れたアスランに注意を促していたのを知っていた。
けれど、今、頭に触れられた指先は、とても大切なものを扱うよう。
ギュッと掴んだキラの猫耳も小さな手も一緒にそっと撫でてくれた。
そんな執事の手はキラの苦手な大人の手だが、不思議と怖い感じはしなかった。
けれど、まだ安易に何でも許してくれる手だと信じることが出来なくて、キラは止めてといえずに俯くしかない。
「申し訳ありません、お嫌でしたか?」
「いいえいいえ」
問われて慌ててキラが首を振ると、執事は珍しく惑ったように自分の額を押さえて小さな溜息をついた。
もしかしたら、撫でたことを後悔しているのかもしれない。
「そんな風に泣きそうな顔をされると、私が叱られますので、ご勘弁ください」
困ったように、執事が苦笑する声が部屋に響いた。
「ごめんなさい。ニッコリ出来ないのは……アデスさんのせいじゃありません。頭のここについているコレが悪いんです――これ、なくなればいいのに。なくなったら皆に迷惑をかけずにすむのに」
小さな手で猫耳を潰すように押さえ、唇を噛んで涙を堪える子供を、執事は困ったように見つめると、目を伏せて『本当に困りましたね』と重い息を吐いた。
「キラ様は、大切な宝物だとアスラン様もアレックス様も仰っておられます。宝物を守るには、権力と財産があれば、より堅牢に守る事が出来るのです」
「けんろう?」
キラの知らない言葉だらけだ。
権力も財力もキラには分からなかったがコクンと頷くと、執事は満足そうにもう一度キラの頭を撫でていたが、その手を丸い頬に滑らせて輪郭をなどると、美しい絵画をエントランスに掛けたときのように、満足そうに頷いた。
「アスラン様とアレックス様は、大切な宝物を確実に守るために、それぞれプランを実行に移されているだけです。ザフトでの功績が上がれば上がるほど、他の追従を許さないほどの強い力を誇示出来るでしょう。そして、あり余る財力があればあるほど、その力は世の理すら捻子曲げる事が可能です。御二人は優秀でしたが、今まで持てる力を発揮なさった事はありませんでした。ですが、今は大切な目的が出来たというわけです」
「……目的?」
「ええ。キラ様が今まで御二人に足らなかった目的と言うわけです。――早い話が馬の前に吊るした人参のようなものです」
「にんじん……?」
「ええ、最高の餌です」
紅茶の芳しい香りを堪能したときのように、したり顔で執事は唇の端をあげたが、キラには何が何だか分からない。
ポカンと口をあけて、大きな瞳で見上げる迷子のような猫耳の子供を見て、執事は何故だか吹き出したが、慌てて口を噤んだ。
「……失礼」
だが、がっちりした肩が震えている。
笑い声を聞いたのは初めてだったかもしれない。
何が可笑しかったのだろう?
キラの嫌いな人参。
そして、誰が馬?
何が馬?
何の話をしていたのかすら分からなくなって頭を抱えるキラの背中を、アデスはそっと撫でた。
「キラ様は、ここにいて下さるだけでいいのです。御一人でお淋しいでしょうが、御二人が頑張られたら褒めて差し上げてください。そうすればザラ家は永遠に発展し続けるでしょう」
「でも……そんなに無理なさったら」
「大丈夫ですよ。餌が上等ですからね」
そう執事が微笑んだとき、ドアが開くとまっ先にロボット鳥が飛び込んできた。
慌てて立ち上がって振り向いたキラの目の前には、いくつもオーナメントを抱えて微笑むキラのご主人――アレックスがいた。
「終わったよ、キラ」
吃驚するキラにそう言い、部屋の入り口のツリーを振り返ったとたん、口を手で押さえて吹き出した。




まだ続くのよ

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