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なのなのとりかご @ 普通より遅くてもここがとりかご速報ですPAGE | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 | ADMIN | WRITE 2012.02.15 Wed 03:40:12 トロトロ2012.02.15 Wed 03:29:13 ダブルシークレット7沈黙のあと、アスランの深い溜息が響いた。
「結局……俺は知らなきゃいけなかったことを蔑ろにしていたんだ。そればかりか、今回のこのデータを見て初めて、自分が何も知らないことを思い知った。それなのに分かったような顔をして、キラには普通の子みたいに接する事が大事だとか、まだ子供なんだから難しいことよりも伸び伸びさせておけばいいとか……何だか勝手な勘違いばかりしていた」 「ア、いや、もう別に、あの、そんなアンタを責めているわけじゃないし……っていうか、さっきはちょっと責めてみたけど、あれはつい、カッとなったっていうか」 あーもう! と、前髪を掻き毟るシンの声。 「だって、ねえ! アイツを捨てたことのある俺にアンタを責める資格なんて全くないし、アンタが転々としていた俺らのところまで辿り付いただけでも凄いと思ってる……でも! それはアンタがキラをずっと保護してくれるって前提の話ってだけだ。アンタがキラを一番に考えてくれているのも分かっているさ。でもキラを他所にやるって言うのなら、全部意味のない事だ。俺はキラを一度捨てたけど、アンタなら守ってやれるじゃないか。俺に出来ないそれに腹が立つってだけで、俺がアンタみより力があったらいいわけだから……アンタが悪いわけじゃないってことで。あー、もう! 黙ってないでアレックスさんも何か言ってくださいよ。こっちまで頭がグルグルしてきた」 「いや、俺もグルグルしているし。ここへ来る前のキラに関しては、俺は内向き担当だから詳しく知らないし、ラクスから相談されて動いていたのもアスランで、現在進行形で彼女から相談されているくらいだから、細かい事は任せるしかないっていうか……」 「わー、もう! 俺ら全員グルグルしていて使い物にならないじゃないですか?! ちょっとそれ、貸してください」 奇声をあげるシンの息遣いが荒いに、アスランのぐったりした声が重なった。 「なんていうか、今頃気付くのも申し訳ないが、時々ラクスは口頭で捜査状況の報告はしてくれるのだけど、『こういう細かいキラのパーソナル情報』は全く話してくれたことがなかった。それに口出しするのも不躾だと思っていたから、興味があるそぶりをするのも何だかいけない事のようで……でも、今にして思えば俺は意地を張っていたのかもしれないけれど」 アスランの『パーソナル情報』という声をバックに、ページを捲るような紙の擦れる音が続いた。 そして、さらに幾ばくかの沈黙と、それぞれの深い溜息。 「えーと……アスランさん。これって、アンタが深刻になるほど大事な事なんて何も書いてないじゃないですか。身長、体重は、今よりもちっこいなあってくらいで。キラの資料とか言うくせに、肝心の本人の写真の添付もないし、好きな食べ物嫌いな食べ物とかいう項目、これ本当に必要なんですか? この必須事項にある昼寝に必要な時間だとか、寝間着の推奨生地とかいうのは何ですか? まるで稀少動物の飼育マニュアルみたいですが……っていうか、こっちの後ろの方にさりげなく遺伝子情報があるんですけど、本当はこれが一番重要なんでしょ? なんで一番大事なことが、こんなゾンザイな扱いなわけ? アイツ、本当に大事にされてたんですか?」 憤慨するシンに反して、アスランの声は重い。 「多分ラクスは、キラが自分の元へ戻らないのは、犯人がキラを隠しているのだと確信しているのだと思う。だから一見、無駄なような項目は、囲われているキラが、少しでも快適に暮らせるようにという配慮じゃないだろうか。一見、どうでもいいことのように見えるが、彼女でなければ知り得ることの出来ない、キラにとって大切なことばかりだと思う。俺はそのどれも配慮してやっていない」 「……いや、知らなかったんだから、それは仕方ないんじゃ」 モゴモゴとシンの小さな声が、アスランの声にかき消される。 「何度もチャンスはあったんだから、直接本人に聞けばよかったようなものだと思うかもしれないが、不用意に知れば知るだけキラを彼女の元へ戻さなければならなくなるような気がしたし、多分自分のルールでキラを立派に育てているんだという優越感みたいなものに浸っていたんじゃないだろうか。実際に俺はキラがどれだけ淋しがっていたのかも知らない。この中では一番先に出会っていて、ラクスに捜索を頼まれもいるのに、キラのそばにいてやった時間は、シンよりもアレックスよりも少ない。俺はキラを閉じ込めることしかしていない。それはキラにとって良いことではないって、その報告書を見て思い知ったんだ」 「キラを閉じ込めるだけなのは、俺たちだって同じだ」 「そ、そうですよ! 閉じ込めておかなきゃ猫耳がフラフラ外を歩いていたらどうなるか、アンタだって分からないわけじゃないでしょう? ていうか、それ以前に、あの警戒心のないバカを閉じ込めないでどうするんですか。何も分かっていないガキなんだから危ないんですよ。っていうか、ところでアイツ、本当はいくつなの? 報告書っていからには生年月日くらい載ってるはず……と」 声に続いてカサリと紙が擦れる音がしたかと思うと、シーンと部屋が静まり返った。 今まで陽気だったシンの声がなくなると、物音もなくなり、隣の部屋で固まっていたキラは、そっとドアを振り返った。 ――もう終わったのかな? みんな、落ち着いたみたい。 はあと息を吐き出した。 ここに何をしにきたのか、すでに完全に忘れていた。 キラの頭はグラグラしていた。 もう本当に撤退しようと、入ってきた窓へと向かおうとしたとき、突然弾けるような笑い声がした。シンだった。 「なーんだ、コレ偽物ですよ! あは、俺たち、何マジになってんの? バカらしー」 やけに明るい声だった。 だが、空気はしらーとしたまま、それに応える返事も笑い声もない。 「まさか、コレを信じたんですか? やだなあ、二人揃って。ちょっと考えたら、こんのあるはずないじゃないですか。決定的な偽情報の証拠ですよ、だいたい生まれた年を間違っているところからして別人でしょう? よくいるんですよね。こういう早とちりする奴って」 「それは、ラクスが直々に関係機関に送っているし、様式も正式なものだ」 「えっと? アスランさん、何いってんの? だってこれ、どう見たってオカシイでしょ? ……って、まさかアンタら、これ本気で信じたんですか? もしこれが本当だったら――アンタらと同じってことですよ?」 「いや、俺達は十月だから、それより五カ月早いってことになるな」 ぼそりと聴こえた声は、キラには双子のどちらのものか分からなかった。だが、うろたえているのは明らかにシンだ。 「いや、だから、オカシイでしょ? アリエナイでしょ?なんで二人して、まるっと信じてんですか? アレックスさん、アンタ、いつもはもっと冷静でしょ?! アスランさん、何、暗くになっているんですか。これ絶対にオカシイですって! 何で、こんなガセ情報にショックを受けてるんですか、ねえ?」 シンの声だけが虚しく響くが、キラには内容が把握出来ない。 ――お仕事の話なのかな? 「だから、この報告書が本物のわけないじゃないですか」 弾き飛ばすように自信満々で笑うシンの声がするのに、部屋に漂う緊張感は緩む事はない。 「シン……日付は間違いではないと、思う。朧げではあるが、なんとなく聞いた覚えもある、それから――キラにはまだ」 「あー、いいですって!」 重い口調のアスランに反して、遮るシンはそれを全く取り合う様子はない。 「そのことはこっちに戻ってからすぐに、オタクの執事さんから五月十八日のことは一通り聞いたんですけど、何か説明が面倒だったから、キラには教えなかったんですよ。ホント、ガセ情報を信じて安易に説明しなくてよかったですよ。それじゃなくても『ナゼナニ』煩いのに、下手に教えてたら撤回も面倒ですし。でもまあ、一応聞いたからには、とりあえず俺は、その辺の菓子で機嫌をとっておきましたよ。あと、髪も洗ってやったし、一緒にゲームもしてやったし――って言っても、いつもと同じだから何も気付いてないでしょうけどね。まあ、本人はおろか、こっちも何も知らなかったから、多少は思うところもあったんですが、なんて言うか……ホント、この報告書はないですって! 今月ピンチだから、本物だったら、もう少し良い物を買ってやらなくちゃとか、後ろめたかったからホッとしましたよ」 シンが溜息をついたそのあと、再び沈黙が続いていたが。 「――そんな顔で睨むなよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいだろ」 不機嫌を押し隠すような声色は、アレックスだった。 ということは、同じく黙りこんでいたアスランも同じなのだろう。 というか、あの部屋の中に不機嫌じゃない人はいない。 「おまえ、いつもそうやって黙ったまま人を動かそうとするよな。悪い癖だ」 突き放すようなアレックスの声が、キラの近くのドアに向かって響いた。 「別に……俺は何も言っていないだろ? 勝手な言いがかりをつけるな」 憮然としたアスランの返答にチッという舌打ち。 「まあいい。こっちを守ってた義務だから教えてやるよ。……俺は一週間ほど前、アデスからその報告書を貰ってすぐに、プレゼントってわけじゃないが、『その辺にあった』ヒヤシンスの水栽培セットを渡しておいたかな」 「へえ、さすがアレックスさんだな。それってキラの部屋の窓にあったあれでしょ? なんか、すごく大事にしているみたいで昨日の夜、見せてくれましたよ」 シンの言葉を聴き、まんざらでもなさそうにアレックスが喉で笑ったようだった。 「五月はデザートに毎日ケーキを食べさせていたから、十八日も確実に食べさせてるはずだ、きっと」 「やだなあ、アレックスさんでもあんなのを信じたんですね? でも、冷静に考えて変だって気付いていたんでしょ?」 「いや、シン……それとこれとはちょっと」 「いい加減にしろ」 口ごもるアレックスを遮るように、ドンと大きな音がした。机を叩いたのかもしれない。 「この報告書は本物だ。書いてある内容も正真正銘の事実で、ちゃんとラクスの署名もある。それが何よりの証拠だ」 「そんな怒らなくても、っていうか、正真正銘って言われても、とにかくそんなわけないですって! だって、あんなチビで菓子のオマケで狂喜乱舞するオコサマですよ? ナイナイ」 手を振る様子が分かるようなシンの声に、アスランの疲れ切った溜息がさらに増えた。 「シン、真面目に聞いてくれ。アレックスもシンによく説明してやってくれ」 「説明っていうか、俺にはなんとも言えないが、ラクス・クラインの署名が本物なのは確かで――シンの手にある報告書の真偽に関しては、それが全てとしか言いようがない」 「え?……えと? だから?」 「クライン家の懇意にしているドクターからきちんと裏も取っている。そのドクターは誕生する前からキラを知っていた。そしてメンデルの極秘資料の中にキラのデータはあったそうだ。――キラはメンデルで特別に作られた子供だ」 「メンデルって、あの――」 シンの声が急に細く小さくなって、キラは不安になった。 ――メンデルって何? 何かよくない事だろうか? わからない。 ただ、アスランの声がよどみないのが怖くなった。 「信じられないのは俺も同じだ。……結局は普通の子とは違う、そう言う事だ」 「ちょっと待てよ。俺だって、それは分かっていたさ。でも、だってアイツが特別でも、それは猫耳ってだけで、どう見たって普通のガキだし……」 「本当に普通なら狙われることなどない。本来なら、このデータも機密に値する。データの内容はキラの」 「そんなこと! そんなのは分かってるさ。でもやっぱりその日付からして変だろ、アリエナイ。絶対に信じられるかよ」 シンは強い口調で憤っていたが、戸惑うように何度も口ごもる。 ただアスランだけは淡々としていた。 シンの声は掠れていて、泣いているように聴こえた。 ドアの向こうは、みんなの声が小さくくぐもり、聴き取るのが難しい。 「シンの気持ちも分かるが、事実は事実として認めたうえで、今後のキラに対する一定の指針を決めておかけなければいけないだろう。それが不十分だとしたら、ここにキラを置いておくことがキラ自身の為にならないことになる。このデータを見せられた以上、子供だからと侮って囲っておけばいいと言うわけにはいかない」 「だから、俺は信じないって言ってるじゃないですか! だって今さらどう接すればいいんですか? アンタだって他人事じゃないんですよ? 数ヶ月とはいえアンタよりも上ってことなんですから」 潜めてはいるが、シンは憤っていた。 キラには良く分からないが、やはりすごく大事な事を話しているのだろう。 キラには教えて貰えない、大事なこと。 教えて貰っても、きっとどうにもならないことだ。 不安定な身の上は、その精神をも危うくしていく。 そして、まさに隣の部屋でアスランが危惧していることのひとつは、キラに不安を抱かせ、淋しい思いをさせているということで、それは何度も執事からの報告に挙がっていたことだった。 ドアの向こうにいる皆が小声になって聴き取りにくくなると、余計に不安になってしまい、キラは、もう一度ドアを手で触れようとした。 少しでも、みんなの近くにいたいのだ。 けれど同時に、猫耳を持つ以上、そう出来ない理由があることも思い知る。 ドアではなく、キラにしか見えない城壁が聳えているようだ。 不穏な空気が自分のせいだと分かるから、近寄るのが怖くなる。 ――っていうか、本当に猫耳がすべての元凶なんだよね。 現実は、容赦なくキラの胸に突き刺さる。 平和な世界に紛れ込んだ異端者。 それは今さらだったが、どうにもならないのが可笑しくてキラは笑ってしまう。 けれど、笑ったら涙がこぼれてしまうのは何故なのだろうか。 仕方のないことなのだから、いい加減慣れなければいけないのに、キラの心は弱くて、勝手に悲しくなって困ってしまう。 平気な顔ができないなら、もう皆の前には出られない。 あのドアに近づいて知ってはいけない。 知ってしまうと笑えなくなる。 ――とりあえず、見つからないように消えなきゃ。 向こうは、まだ言い争いが続いているのが分かる。 よく『喧嘩じゃなくて話し合い』だとアスランやアレックスは言うが、理解出来ないキラは不安になるだけだ。 大好きな人たちが争っているのは自分のせいのような、そんな気がする。 それを確かめる事も、どうにも出来ない事も受け止められない。 考えていると、眩暈がしてくるのだ。 ただ、ひどく悲しい。 前が見えない。 にじんだ世界に、ふらりと足を踏み出したそのとき、突然足がもつれて倒れてしまった。 絨毯に膝をついたとき、傍の家具とぶつかったようで何かが落ちる音がした。 そのとたん、騒がしかったドアの向こうの話し声がいっせいに止まり、一転してあたりが静まり返った。 そのまま、何も音がしない。 ――どうしよう、バレちゃったかも。 キラは床に手をついたまま、固まった。 胸の奥から不穏な音が鳴り響いて、内側から壊れてしまいそう。 ――どうしよう。 今にも飛び出しそうな胸のその場所を手で押さえ、身体を丸めて目を閉じる。 すると、瞼の中の暗闇が重く圧し掛かってきて、それはキラの力を完全に奪った。 ブラックアウト。 急速に意識が遠のいていったことも、キラが気付くことはなかった。 2012.01.29 Sun 13:22:46 広告2012.01.27 Fri 23:30:45 ダブルシークレット7「え? って……は? って、アンタ何言ってんですか」 虚を突かれたようにシンの声がひっくり返った。 「いや。本当に、そんなつもりじゃないと思っていたんだが、言われてみたら反論が出来ない。救出したときエレカをここに向かわせたのは、キラを手元に置いておきたいと思ったからなのかもしれない。……ラクスの家のセキュリティーを強化してからだとか、もう少しキラの体調を整えさせてからだとか、あの時思った理由は色々あったと思うが、改めて考えたら全部理由にならない。里心をつけさせる為だと非難されれば、撤回は難しい。俺の浅はかな出来心が事態を複雑にしてしまったとしか言いようがない」 「出来心って、そんなの有るはずがないでしょうが。アンタはクソ真面目を絵に描いたような人なのに」 全くフォローにならないシンの断言に、気まずい沈黙が広がった。 アレックスの助け船もない。 「とにかく! 全部アンタがしたことでしょうが? しっかりしてくださいよ……っていうか、俺としてはアンタにはしっかりして欲しいんですけど……」 モゴモゴと、シンは口ごもる。 ガンガン攻めることしかしらなかったので、相手にこんな風に引かれると、どうしていいか分からなくなるのだ。 アスラン自身も、ずぶ濡れで衰弱の酷いキラの姿を、ラクス・クラインに見せるのは酷だと思って保護したつもりだったのだろうし、クライン家のセキュリティーに穴があったことは明白だろう。 それについては端的に指摘はしていたが、関わったアスランは、そちらの改善を確認して完璧にしておきたかったのも嘘ではない。 シン自身も、この上官がガチガチの石頭ではあるが、非情ではないことも、日常に秘密を有している者のせいか必要以上に完璧主義者なことは仕方ないと知ってもいた。 優しいからこそ、骨を折って猫耳のキラを保護したのだと信じていたし、キラを商品という目で見る者達とは違うと、すぐに分かったはずだった。 商品ならば、いくら愛らしいとはいえ、見返りが大きいければ大きいだけ、利害の前にすれば間単に手放しただろう。 ブローカーやブリーダーがその類たる主たる者だ。 アスランは、キラを本来の猫耳純血種という扱い方をせずにいる。 ザラ家の者すべてが、そのようにキラを扱っている。 それは当たり前のようでいて、接触には最新の注意が払われている結果だった。 あの稚く繊細な容貌と、庇護欲を刺激する華奢な身体を見たなら、本当に動くのかと不安で仕方なくなる。 接触を避けていたというアスランですら、救出した数分で手放せなくなった。 そんな子猫を一度抱き上げたから、きっとシンも神様から貰ったプレゼントのように、抱いて連れ帰った。 何故なら、殺人的な庇護欲と保護欲を刺激する存在を前にして、それに抗うことは、あまりに困難だからだ。 理性的な者であればあるほど、おかしくなる。 直情傾向のシンよりも、アスランやアレックスのほうが結局キラに固執している。 異形に対する強い偏見があれば別だが、稚く愛らしいキラの破壊力と殺傷力は限りなく高い。 沈黙のあと、アスランの深い溜息が響いた。 「結局……俺は知らなきゃいけなかったことを蔑ろにしていたんだ。そればかりか、今回のこのデータを見て初めて、自分が何も知らないことを思い知った。それなのに分かったような顔をして、キラには普通の子みたいに接する事が大事だとか、まだ子供なんだから難しいことよりも伸び伸びさせておけばいいとか……何だか勝手な勘違いばかりしていた」 「ア、いや、もう別にそんなにアンタを責めてるわけじゃないし……っていうか、さっきはちょっと責めてみたけど、あれはつい、カッとなったっていうか」 あーもう! と、前髪を掻き毟るシンの声。 「だって、ねえ! アイツを捨てたことのある俺にアンタを責める資格なんて全くないし、アンタが転々としていた俺らのところまで辿り付いたのも凄いと思ってる……でも! それはアンタがキラを保護してくれてるって前提の話であって、アンタがキラを一番に考えてくれて居るのも分かっていて、何ガ言いたいかって言うと、キラを他所にやるなら許さないって話で、でも、俺は一度捨てた人間で……だから、あー、もう! 黙ってないでアレックスさんも何か言ってくださいよ。こっちまで頭がグルグルしてきた」 「いや、俺もグルグルしているし。それに俺は内向き担当で、詳しく知らないし、アスランはキラと何度も会っているのだと思っていたっていうか、ラクスから相談されて動いていたのもアスランだし、現在進行形で相談されているくらいだから、細かい事は任せていいものだと思っていたし……」 「わー、もう! 俺ら全員グルグルしていて使い物にならないじゃないですか?! ちょっとそれ、貸してください 」 奇声をあげつくしたシンの息遣いが荒い。 「なんていうか、今頃気付くのも申し訳ないが、ラクスは捜査状況を報告してくれるだけで、『こういう細かいキラの情報』は全く話して貰ったことがなかったんだ。他人の大切にしている物に口出しするのも不躾だと思っていたから、興味があるそぶりをするのも何だかいけない事のようで、今にして思えば意地を張っていたのかもしれないけれど」 アスランの『こういう細かい情報』という声をバックに、ページを捲る紙の音が続いた。 そして、さらに幾ばくかの沈黙と深い溜息。 「えーと……アスランさん。これって、アンタが深刻になるほど大事な事なんて書いてないじゃないですか。身長、体重は、今よりもちっこいなあってくらいで。キラの資料とか言うくせに、肝心の写真の添付もないし、好きな食べ物嫌いな食べ物とかいう項目、本当に必要なんですか? この必須事項にある昼寝に必要な時間だとか、寝間着の推奨生地とかいうのは何ですか? まるで動物の飼育マニュアルみたいですが……っていうか、こっちの後ろの方にさりげなく遺伝子情報があるんですけど、本当はこれが一番重要なんでしょ? なんで一番大事なことが、こんなゾンザイな扱いなわけ? アイツ、本当に大事にされてたんですか?」 憤慨するシンに反して、アスランの声は重い。 「多分、自分の元へ戻らない今、これを関係者が見て隠して居ることを想定しているんだろう。きっと、そこでキラが快適に暮らせるようにという配慮じゃないだろうか。一見、どうでもいいことのように見えるが、彼女でなければ知り得ることの出来ない、キラにとって大切なことばかりだと思う。俺はそのどれも配慮してやっていない」 「……いや、それは仕方ないんじゃ」 モゴモゴとシンの小さな声が、アスランの声にかき消される。 「何度もチャンスはあったんだから聞けばよかったようなものだと思うだろうが、不用意に知れば知るだけキラを彼女の元へ戻さなければならなくなるような気がしたし、多分自分のルールでキラを立派に育てているんだという優越感みたいなものに浸っていたんじゃないだろうか。実際に俺はキラがどれだけ淋しがっていたのかも知らない。この中では一番先に出会っていて、ラクスに捜索を頼まれもいるのに、キラのそばにいてやった時間は、シンよりもアレックスよりも少ない。俺はキラを閉じ込めることしかしていない。それはキラにとって良いことではないって、その報告書を見て思い知ったんだ」 「キラを閉じ込めるだけなのは、俺たちだって同じだ」 「そ、そうですよ! 閉じ込めておかなきゃ猫耳がフラフラ外を歩いていたらどうなるか、アンタだって分からないわけじゃないでしょう? ていうか、それ以前に、あの警戒心のないバカを閉じ込めないでどうするんですか。何も分かっていないガキなんだから危ないんですよ。っていうか、ところでアイツ、本当はいくつなの? 報告書っていからには生年月日くらい載ってるはず……と」 声に続いてカサリと紙が擦れる音がしたかと思うと、シーンと部屋が静まり返った。 今まで陽気だったシンの声がなくなると、物音もなくなり、隣の部屋で固まっていたキラは、そっとドアを振り返った。 ――もう終わったのかな? みんな、落ち着いたみたい。 はあと息を吐き出した。 ここに何をしにきたのか、すでに完全に忘れていた。 キラの頭はグラグラしていた。 もう本当に撤退しようと、入ってきた窓へと向かおうとしたとき、突然弾けるような笑い声がした。シンだった。 「なーんだ、コレ偽物ですよ! あは、俺たち、何マジになってんの? バカらしー」 やけに明るい声だった。 だが、空気はしらーとしたまま、それに応える返事も笑い声もない。 「まさか、コレを信じたんですか? やだなあ、二人揃って。ちょっと考えたら、こんのあるはずないじゃないですか。決定的な偽情報の証拠ですよ、だいたい生まれた年を間違っているところからして別人でしょう? よくいるんですよね。こういう早とちりする奴って」 「それは、ラクスが直々に関係機関に送っているし、様式も正式なものだ」 「えっと? アスランさん、何いってんの? だってこれ、どう見たってオカシイでしょ? ……って、まさかアンタら、これ本気で信じたんですか? もしこれが本当だったら――アンタらと同じってことですよ?」 「いや、俺達は十月だから、それより五カ月早いってことになるな」 ぼそりと聴こえた声は、キラには双子のどちらのものか分からなかった。だが、うろたえているのは明らかにシンだ。 「いや、だから、オカシイでしょ? アリエナイでしょ?なんで二人して、まるっと信じてんですか? アレックスさん、アンタ、いつもはもっと冷静でしょ?! アスランさん、何、暗くになっているんですか。これ絶対にオカシイですって! 何で、こんなガセ情報にショックを受けてるんですか、ねえ?」 シンの声だけが虚しく響くが、キラには内容が把握出来ない。 ――お仕事の話なのかな? 「だから、この報告書が本物のわけないじゃないですか」 弾き飛ばすように自信満々で笑うシンの声がするのに、部屋に漂う緊張感は緩む事はない。 「シン……日付は間違いではないと、思う。朧げではあるが、なんとなく聞いた覚えもある、それから――キラにはまだ」 「あー、いいですって!」 重い口調のアスランに反して、遮るシンはそれを全く取り合う様子はない。 「そのことはこっちに戻ってからすぐに、オタクの執事さんから五月十八日のことは一通り聞いたんですけど、何か説明が面倒だったから、キラには教えなかったんですよ。ホント、ガセ情報を信じて安易に説明しなくてよかったですよ。それじゃなくても『ナゼナニ』煩いのに、下手に教えてたら撤回も面倒ですし。でもまあ、一応聞いたからには、とりあえず俺は、その辺の菓子で機嫌をとっておきましたよ。あと、髪も洗ってやったし、一緒にゲームもしてやったし――って言っても、いつもと同じだから何も気付いてないでしょうけどね。まあ、本人はおろか、こっちも何も知らなかったから、多少は思うところもあったんですが、なんて言うか……ホント、この報告書はないですって! 今月ピンチだから、本物だったら、もう少し良い物を買ってやらなくちゃとか、後ろめたかったからホッとしましたよ」 シンが溜息をついたそのあと、再び沈黙が続いていたが。 「――そんな顔で睨むなよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいだろ」 不機嫌を押し隠すような声色は、アレックスだろう。 ということは、同じく黙りこんでいたアスランの機嫌も悪いらしい。 「オマエ、いつもそうやって黙ったまま人を動かそうとするよな」 「俺は何も言っていないだろ?」 「じゃあ、教えてやるよ。……俺は一週間ほど前、アデスからその報告書を貰ってすぐに、プレゼントってほどじゃないが、『その辺にあった』ヒヤシンスの水栽培セットを渡しておいたかな」 「へえ、さすがアレックスさんだな。それってキラの部屋の窓にあったあれでしょ? なんか、すごく大事にしているみたいで昨日の夜、見せてくれましたよ」 シンの言葉を聴き、まんざらでもなさそうにアレックスが喉で笑った。 「五月はデザートに毎日ケーキを食べさせていたから、十八日も確実に食べさせてるはずだ、きっと」 「やだなあ、アレックスさんでもあんなのを信じたんですね? でも、冷静に考えて変だって気付いたんでしょ?」 「いや、シン……それとこれとはちょっと」 「いい加減にしろ」 ドンと、大きな音がした。机を叩いたのかもしれない。 「この報告書は本物だ。書いてある内容も、正真正銘の事実で、ラクスの署名もある。それが何よりの証拠だ」 「そんな怒らなくても、っていうか、そんなわけないですって! だって、あんなチビで、菓子のオマケで狂喜乱舞するオコサマですよ? ナイナイ」 手を振る様子が分かるようなシンの声に、アスランの疲れ切った溜息がさらに増えた。 「シン、真面目に聞いてくれ。アレックスもシンによく説明してやってくれ」 「俺はなんとも言えないが、ラクス・クラインの署名が本物なのは確かで――シンの手にある報告書に関しては、それが全てとしか言いようがない」 「え?……えと? だから?」 「クライン家の懇意にしているドクターからきちんと裏も取っている。そのドクターは誕生する前からキラを知っていた。そしてメンデルの極秘資料の中にキラのデータはあったそうだ。キラはメンデルで特別に作られた子供だ」 「メンデルって、あの――」 シンの声が急に細く小さくなって、キラは不安になった。 ――メンデルって何? 何かよくない事だろうか? わからない。 ただ、アスランの声がよどみないのが怖かった。 「信じられないのは俺も同じだ。……結局は普通の子とは違う、そう言う事だ」 「ちょっと待てよ。俺だって、それは分かっていたさ。でも、だってアイツが特別でも、それは猫耳ってだけで、どう見たって普通のガキだし……」 シンは強い口調で憤っていたが、戸惑うように何度も口ごもる。 ただアスランだけは淡々としていた。 「普通なら狙われない。本来なら、このデータも機密に値するんだ」 「そんなことは分かってるさ。でもやっぱりその日付は変だろ、アリエナイ。絶対に信じられるかよ」 シンの声は掠れていて、泣いているように聴こえた。 みんなの声が小さくくぐもり、聴き取るのが難しい。 「シンの気持ちも分かるが、事実は事実として認めたうえで、今後のキラに対する一定の指針を決めておかけなければいけないだろう。それが不十分だとしたら、ここにキラを置いておくことがキラの為にならないことになる。このデータを見せられた以上、子供だからと侮って囲っておけばいいと言うわけにはいかない」 「だから、俺は信じないって言ってるじゃないですか! だって今さらどう接すればいいんですか? アンタだって他人事じゃないんですよ? 数ヶ月とはいえアンタよりも上ってことなんですから」 潜めてはいるが、シンの叫ぶ声が響いた。 キラには良く分からないが、やはりすごく大事な事を話している気がした。 キラには教えて貰えない、大事なこと。 どうせまた、教えて貰えない。 教えて貰っても、きっとどうにもならないことだ。 不安定な身の上は、その精神をも危うくする。 そして、まさに隣の部屋でアスランが危惧していることのひとつは、キラに淋しい思いをさせているということで、キラを淋しがらせているという執事からの報告だった。 ドアの向こうにいる皆が小声になって聴き取りにくくなると、余計に不安になってしまい、キラは、もう一度ドアの近くに寄ろうとした。 少しでも、みんなの近くにいたいのだ。 けれど、猫耳を持つ以上、そう出来ない理由があることも思い知る。 キラにしか見えない垣根があるようだ。 不穏な空気が自分のせいだと分かるから、近寄るのが怖くなる。 ――っていうか、本当に猫耳がすべての元凶なんだよね。 平和な世界に紛れ込んだ異端者。 それは今さらだったが、どうにもならないのが可笑しくてキラは笑ってしまう。 けれど、笑ったら涙がこぼれてしまうのは何故なのだろうか。 仕方のない現実なのだから、いい加減慣れなければいけないのに、キラの心は弱くて、勝手に悲しくなって困ってしまう。 平気な顔ができないなら、もう皆の前には出られない。 あのドアに近づいて知ってはいけない。 ――とりあえず、見つからないように消えなきゃ。 向こうは、まだ言い争いが続いているのが分かる。 よく『喧嘩じゃなくて話し合い』だとアスランやアレックスは言うが、理解出来ないことが多すぎて不安なのだ。 大好きな人たちが争っているのは自分のせいのような、そんな気がする。 それを確かめる事も、どうにも出来ない事も辛くなる。 考えていると、眩暈がしてくるのだ。 ただ、ひどく悲しい。 にじんだ世界に、ふらりと足を踏み出したそのとき、突然足がもつれて倒れてしまった。 絨毯に膝をついたとき、傍の家具とぶつかったようで何かが落ちる音がした。 そのとたん、騒がしかったドアの向こうの話し声がいっせいに止まり、一転してあたりが静まり返った。 そのまま、何も音がしない。 ――どうしよう、バレちゃったかも。 キラは床に手をついたまま、固まった。 胸の奥から不穏な音が鳴り響いて、内側から壊れてしまいそう。 今にも飛び出しそうなその場所を手で押さえて身体を丸め、目を閉じる。 すると、瞼の中の暗闇が重く圧し掛かってきて、キラの力を完全に奪った。 ブラックアウト。 だが、急速に意識が遠のいていったことも、キラが気付くことはなかった。 --------- いまごろですが あけましておめでとうございます。 年末年始に風邪を引いたお客さんからうつされたり 寒くてへロリとしていたりですが、おおむねげんきです 2012.01.27 Fri 23:29:28 だぶるしくれと一度下げた2011.12.24 Sat 00:53:56 エウレカエウレカセブンAO
新しくなって帰って来るのかな。 201204〰 エウレカって運命と同じ頃にあったアニメだったみたいで それって、リアルではみていなくて 後にまとめて見たのだけど なんかファンタジーでラブストーリーで主人公がちゃんと成長していて 痛かったです。 ニルバーシュとジ・エンドが大好きで、映画版でモキュモキュいってたのが すごくすごく可愛かった。 なんだか私は、人間じゃないものを好きになる傾向があるなあと痛感します。 トリィもだいすき。 2011.12.23 Fri 23:26:08 リマスター配信2011.12.19 Mon 22:48:39 ことしもあとちょっと2011.12.10 Sat 02:10:40 ダブルシークレット 6プラントに忠誠を誓って入隊したのだ。
簡単に辞められるはずがないのは、キラにでも分かる。 口では色々言いながら、シンが仕事に誇りを持っていたのも知っている。 アスランと同じ制服姿はキラの知るどのシンよりもカッコよくて似合っていて、こっそりキラも憧れていた。 けれど、それらすべてを打ち消すようなシンの怒声に、キラは身体を縮めた。 自由になったシンが、どれだけザフトで頑張っているか、キラは知っている。 才能はあったにしろ、並大抵のことではなかっただろう。 それを、シンは捨てると言っている――キラのせいで。 「そもそも俺は、猫耳の俺でもザフトに入れてくれるって言うからアンタの言う事を聞いただけで、キラのことだって、ここにいたら食うものにも困らなくて、病気をしても高い薬も買って貰える。単に便利だから連れ出さなかっただけだ。……でも、それは今までの話ってことなんだろ? アンタらがキラを他所へやるつもりなら、もうアンタらに利用価値なんかないからな」 挑発的な物言いをするシンに、深い溜息が聞こえた。 コーディネイターの聴力ゆえに、それがすぐ傍で聴こえてしまうキラは、勝手に身体が跳ねてしまい、心臓が生き物みたいに暴れている。 もうこれ以上、ここにいてはいけない。 ここでこんな話を盗み聞きしたら、皆の顔が見られなくなってしまう。 作り笑いもできなくなる。 入ってきた窓から出ようと思うのに、身体が言う事をきいてくれない。 「俺は……ここが一番安全だと思っていたし、今でも思っている。俺がいなくてもアレックスかシンか、誰かが屋敷には居るし、ここなら、何かがキラを攫いに来たとしても、そうそう簡単に渡さない自信はある。……でも、キラの幸せを考えたら、そう単純じゃない」 「アイツの幸せはアイツにしか分からないだろ?!」 「……じゃあキラが行きたがる外へだって、ラクスならばマスターの権限で出してやれるかもしれない。たとえばラクスが公の場で猫耳のキラを『自分のものだ』とお披露目すれば、迂闊に誰も手を出せなくなる」 「そんな、見世物になれって言うのかよ!」 「確かに注目はされるだろう。だが――そうやって存在を世間に公表すれば、敵も増えるが味方はもっと増える。シンも要人警護の訓練を受けただろう?」 確かに大勢の認識は、犯罪の抑止力になる。 「でも!」 「猫耳は、もともとそういったものだ。大勢が羨望し、宝石のように大切に愛でるものだ。盗んだり、粗末にするものではけしてないし、保護して愛でるもの。その資質があるからラクスはマスターの権利を与えられたんだ」 「権利なんてそんなものを勝手に決めるのは変だって、俺は言っているんだ! ……キラだって望んでないだろっ!」 やるせなさそうに呻くシンの声とアスランの溜息。 「誰だって親を選んで生まれるわけじゃない。愛してくれない親の元に生まれてくる子もいる。だから、本当の親ではなくとも、愛してくれる保護者がいるのは幸せな事だ」 「……そんなのっ! アンタらの勝手な言い分じゃないか。俺だってキラだって、猫の耳なんてつけて生まれたくはなかったさっ! その気持ちなんか、アンタらには分からないだろう? 俺達は根本の定義から違っているんだよ!」 シンの悲痛な声が、誰もの耳に突き刺さる。 キラの耳にはとなりの部屋の物音が聴こえていた。 アレックスのつま先がイラただしげに床を蹴る音、シンの舌打ち。 それら全部がキラの力を奪い取る。 耳もギュッとおさえれば聴こえないはずなのに、心のどこかで真実を知りたいと思っているのか、押さえていられない。 結果、キラの耳は隣の部屋の声を全部拾ってしまっていた。 皆の立てる音が怖くてたまらないのだ。 どうにかしてここから離れないと、心臓が潰れてしまいそう。 ふるえる息を吐きながら入ってきた窓を振り返れば、光が降り注ぐ窓の外はハレーションで真っ白に見えて、知らない場所のように現実感がない。 フラフラと立ち上がり、初めて歩く人のようにキラはそこを目指す。 背を向けたドアの前に、アスランが立って居る気配がハッキリと分かることも、キラには辛かった。 何故なら、きっとアスランはもう、ここにいていいと言ってくれないと思ったから。 全員が困っているのが聴こえるからだ。 「言いたいことは分かるが、キラにマスターがいるのは紛れもない事実で、マスターには特別な権限がある。そのひとつがキラの情報だ。彼女にしか知り得ない重大な情報の前には俺たちに成す術はない。ラクスが一番キラを守る手段を持ち、キラを幸せにする。それはどうしようもないんだ」 「一番ってなんだよ。キラがここがいいって言うなら、ここが一番ってことじゃないのかよ? 幸せかどうかはキラに聞いてみろよッ! 少なくともアイツはここにきて、見ていて悔しいくらい幸せに見えるさ! 俺と逃げていた頃じゃ、こうは行かなかった。そうしたのはアンタだろう? アンタが俺から奪ってそうしたんだ。それに、キラが幸せならマスターだって本望だろう?」 「……シン」 「何で今さらそんなこと言うんだよ! 結局返すのなら何で俺からキラを取り上げた足で即、そのマスターとやらの元へ連れて行かなかったんだよ? 保護とか言って、何で手元に置いておいたんだよ」 「それは、あの日は雨で……びしょ濡れになって衰弱していたからで、特に理由なんか」 「理由がないわけないだろ? アンタだってキラを所有したいって思ったんだ! 黙っていれば美少女フィギュアみたいに見えるからな、皆そうなんだ」 クスリと笑う声は、嘲笑に他ならない。 「アンタもアレに参ったんだろ? アイツ、起きてるときは無邪気で子供だけど、眠っているときは、やたら儚げでゾクッとするらしいからな」 「俺は別に……そんなことは」 「じゃあ、違うって言うんなら、あいつがびしょ濡れで意識が朦朧としていて訳の分からないうちに、とっとと返せば良かったんだよ。出来なかったはずはないだろう? でも、アンタはそうしなかった。それが答えだ」 「だから理由なんかない。ただ俺は、キラの性質上、下手な扱いは出来ないと思っていたし、何より深夜だった」 「へえ。見付かったって一言言えば、アンタの言うキラのマスター様なら、たとえ嵐の中でも迎えに来たはずだ」 「それは……そうだが、でも俺は」 意地悪なシンの言葉に口ごもる声は、いつも歯切れの良いアスランとは思えないほど困っていた。 こんな姿を見せられて初めて、シンは頭が冷えてくる。 こうやって、大切な人を傷つけてきたのだ。 いつもシンは、取り返しの付かないほど責めたあとに我に返る。 今回もそうだった。 仮にアスランが本当にそうしていたなら、キラと再会できた可能性は、ないに等しかっただろう。 もう二度と会えない覚悟は、とっくにしたはずだった。 それでも、アスランを信じて託す事が、あのときシンに出来るすべてだったのだ。 キラを手放した後、ブリーダー達に暴行されていたシンを救出してくれたのも、アスランの配慮だったと、シンは後から教えられていた。 キラを救出したアスランに非がないことは、分かっているし、マスターがいると言うのは、親がいるのと同じ。 他人に口は出せないことだと知っている。 どんなにキラが切望し、叶えてやりたくても、未成年の子供のワガママにしかならないし、キラに限らず猫耳の場合法外の値段のついた商品も同然なのだ。 その辺りも、ちゃんとシンは分かっていた。 分かった上で、アスランやアレックスを信じてきたのだ。 だから、その彼らがキラをマスターに渡すと言い出すから裏切られた気持ちでキレたが、ひどく思い悩む姿を目の前で見せつけられると、シンは我に返るしかない。 「あのさ。アンタって不器用だけど結局人がいいからな。何かと、おせっかいで細かいし、いちいち潔癖でカッコつけだから、どうせアイツの着ていた服が小汚かったとか、顔が薄汚れていたとか、そんなことが気になってマスターっていうのに連絡しなかったんだろ? ほら、アンタのことだから汚いまま返したら、自分の管理の甘さを問われるとか思ったんじゃないの? 優等生的にさ」 ハハッと笑うシンの声は、何故か打って変わって明るく響いて空々しいほど。 アレックスは何も喋らなかった。 そのまま、しばらく黙りこんでいたアスランは、独り言のようにぽつりと呟いた。 「俺は――そんなつもりはなかったんだ。だが……いや、でも、もしかしたら気が付いてなかっただけで、シンの言う通りだったのかもしれない」 2011.11.27 Sun 20:05:50 はやいはやい |