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ザックスくん

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ダブルシークレット 1

ダブルシークレット

「アンタらもいい加減しつこい! 何も知らないって何回言わせんですかッ!」
今にも暴れ出しそうな怒鳴り声が廊下の端まで響き渡り、キラは抱えていた水栽培の硝子ポットを取り落としそうになった。
光の差し込む、のどかな昼下がり。
庭の小鳥の囀りが屋敷にも響きわたり、窓から見える木々や花は目映いばかり。
それなのに、何事だろうか。
手や膝の裏が震えて、力が入らない。
何故だか急に息をするのが難しくなってしまった。
恐る恐る振り向いてみたが、そこはアスランの執務室のある見慣れた廊下だった。
だがシンの荒れた声は、まるで薄暗く治安の危ういストリートを思い出させて、キラの心臓は酷く跳ねた。
背中に冷たい汗が流れ、くらりと眩暈がして、辺りの景色が白黒になる。
身体に力が入らなくて、ぎくしゃくと床に硝子ポットを置いて、しゃがみこむ。手が震えていた。
めったにあることではないのだが、時折、常に身の危険の迫っていた頃のことは甦ってくる。
大半は眠っていたので知らないはずなのに、覚えている。
きっと、身体が忘れてはくれない記憶なのだろう。
ヒヤリと心臓を突き刺すような記憶を振り切りたくて、無理に仰向くと、あの頃とは全く違う爽やかな風が頬を撫でて、中庭からは小鳥の囀りが聴こえた。
おそるおそる目を開けると、キラの目の前には黄金色の球根からのぞく緑色の芽があった。
硝子に映えるそれらは涼しげで、風はさらりと吹いて前髪を揺らす。
そうして、ゆっくりとキラは我に返った。
球根を「玉葱みたい」と呟いて笑われたのは、つい先日のこと。
ここは優しい人ばかりで、みんな良くしてくれる。
だから、こんな所を誰かに見られたら心配させてしまう。
さらに、あんなに荒れたシンの声を、この屋敷の人達に聞かれたら、どう説明したらいいのだろうか。
それとも、あのドアの向こうで何か事件でも起こったのだろうか。
――どうしよう。
おろおろと辺りを見渡したが、一大事があった形跡はない。
落ち着こうとするのに、キラの頭の大きな猫耳はピンと立ったまま、金縛りにあったように身体の緊張は解けないそのまま。
瞠った大きな菫色の瞳は、ちょっと涙目だ。
何事もなかったように静かになったが、先ほど響き渡った声は空耳のはずがなく、確かにシンのものだったのだ。
焦れた声は剣呑で切迫していて、キラの耳がビリビリと痛むほど。
――もう、終わった?
腰が抜けそうなほど驚いてしまったキラは、やや落ち着きを取り戻すと、頭の猫耳を掴んだまま詰めていた息を吐き出した。
もしも本物の猫なら、尻尾が膨らんでいたかもしれない。
幸か不幸か、悪戯に付けられた猫耳の他にキラに尻尾はない。
ついでに猫の髭もないので、天気予報も出来ない。
今日の気象プログラムで雨の予定はなかったが、どうやらザラ家の雲行きは怪しいらしい。
とりわけ、目の前のアスランの部屋が台風の目と言ったところだろうか。
近づこうとすると、また何かシンが怒鳴る声がした。
特に執務室は防音が効いているはずなのに、現在進行形で廊下までシンの声が聴こえるということは、入って次の防音のドアを閉め忘れているに違いない。
アスランとシンがザフトの任務で留守の間、屋敷内は淋しいくらいに静かだったのだ。
別段不思議なわけもなく、それが名門ザラ家の日常のはずだろう。
普通なら、アスランの部屋で揉めるはずがない。
ここに諍いは、もうないはずだった。
――でも……何があったのかも。
そろそろとドアの隙間を覗き込むも、キラの腰は引けたまま。
そんなキラの心配をよそに、再び焦れた声は続けざまに飛んだ。
「だいたい知るも知らないも、俺よりもアンタらの方が情報を持っていたんじゃないのかよ。偉そうに保護するとか抜かして俺から取り上げたくせにッ!」
まるで、手近にあるものを放り投げるような容赦ない喧嘩腰。
あの深紅の瞳で睨めつけ、ワザと吐き捨てるような物言いで相手を挑発しているのが目に浮かぶよう。
昔からシンが先制攻撃を仕掛ける事が多いのは、体格的な理由があるのがひとつ――それから、他に逃げる場所のない猫耳だったからだ。
たとえ引いても、もともと狩られる身の上の猫耳には、他に逃げる場所などないから。
だから、シンが無理やりに牽制してしまうことを、キラはずっと前から知っていた。
本当に、シンは強いのだ。
以前はストリートの縄張りも広かったらしく、何度も昔の仲間に説き伏せられていたし、厄介者を捨てろと言われていたのも知っていた。
厄介者、それはキラ自身のこと。
役立たずなキラを抱えてからは、危ない事は避けて逃げることが多くなっていたらしい。
キラさえ拾わなければ、今もシンは、自由気ままに暮らしていたかもしれない。
――だから、恩返ししなくては。
今度こそ力にならなければ、また再会して貰った意味がない。
ドアの向こうから響く声は、表面上、怒っているように聞こえるが、珍しく切迫しているのが分かった。
以前のキラはシンからも動くなと叱られて、いつも隠れ家で眠って待っていた。
でも、今なら何か出来るはず。
「要するに……何か隠してんじゃないかって、アンタらは俺を疑ってるわけですか」
だが、ドアの向こうから響く、いっそう怒気を孕んだ声に、足が竦んだ。
助けに行かなきゃと思うのに、あの烈火のような剣幕を聞いてしまうと胃がせりあがってくる。
怒鳴っていたシンの声が急に小さくくぐもって聴こえたが、同じ部屋にいるはずのアスランの声は全く聴こえない。
しかも、アンタらとシンが言っているということは、アスラン一人ではないのだろう。
――本当にもう、何が起こっているのだろう?
シンは、察しが良すぎるせいで先回りして牽制してしまうから誤解されやすいのだ。
以前それをアスランに話すと、それはシンがそれだけ敵に囲まれて生きてこなければならなかったという証拠なのだと、そっとキラの額を撫でてくれた。
「たった一人でキラを守ってきたアイツを、俺は尊敬しているよ。本当にスゴイ奴だ」
そう言ってアスランは、少しだけキレイな唇をあげた。
冷たく見えるほどキレイなエメラルドの瞳は淋しげに見えた。
アスランはいつも、怖がられるのを怖がっているかのように、そっとキラに触れる。
優しい指と穏やかな声。
アスランも命の恩人ではあるのだが、あのときキラは、シンが褒められたのが誇らしくて、嬉しくて仕方なかった。
だから、同じくらい自分もアスランにそう思われたい。
そうしたら、シンも嬉しくなるだろうか。
――待っててシンくん! 今助けに行くからねっ!
ギュッと小さな拳を握りしめて、キラは目の前のドアから踵を返すとパタパタと走り出した。
行き先は中庭。
そこからアスランの寝室の窓を乗り越えて潜入するのだ。
遠回りだと分かっていてそうするのは、さすがに呼ばれてもいないのに飛び込む勇気はなかったからだ。
キラのいなくなったドアの前には、小さな芽の出たヒヤシンスの硝子ポットが穏やかな日差しの中に残っていた。




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手元にあってもどんどん風化しそうだから
あぷしてみる。

キラの御誕生日

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