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ザックスくん

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ダブルシークレット 4

「俺は雑種だし、ブリーダーに捕まるつもりも売り飛ばされるつもりもなかったからな。鑑札タグがあろうがなかろうが俺のことはいいんだよ。そんなことより――ここに来たとき、アイツの耳に小さな傷痕でもあったか?」
明らかに糾弾を目的としたシンの声音は、誰にも問いかけてはいなかった。
静かな怒りの焔だけを灯すシンの淡々とした声音は、何も受け入れる余地があるはずがないのを物語っていた。
「あるはずがない。キラに鑑札なんか有るはずがないんだ……俺の知る限り、キラにそんなもの。むしろ無傷だったアイツの耳に傷を付けたはアンタだったよな?」
瞬間、さらに重い雰囲気が広がったのが、隣の部屋で耳を澄ます鈍いキラでも手に取るように伝わった。
掌に汗ばかりではなく、額からも嫌な汗が流れて、身体の震えが止まらない。
去年のクリスマスに、アレックスから負わされた傷がキラの猫耳にはある。
今はもう完治しているが、しばらく塞がらなかった、その傷のせいで夜になると発熱し続けたためか、思えばそのころの記憶も曖昧だった。
ただ、皆から甘やかされていた思い出だけが残っている。
傷のことを、ずっとアレックスが気にしていることをキラは知っていた。
あのときのアレックスが怖くなかったとは言わないが、それよりも、あのときのキラは猫耳を捨てたシンにショックを受けた状態だったので、たった一人の仲間に本当に捨てられたような気がして、目の前が真っ暗になっていた。
猫耳の傷の事はキラも納得していることだし、その何倍もアレックスからは可愛がって貰っている。
いつもお菓子をくれるし、この間は絵本と水栽培のセットもプレゼントして貰った。
確執のあったアスランとアレックスの双子同士も仲良くなり、シンと自分を入れた四人で上手く行っているのだと思っていた。
あのクリスマスの事件のことを掘り起こさないのは暗黙の了解だったはずなのに、それを敢えて口にするシンは相当、感情の歯止めが効かなくなっているらしい。
自分が何をしに、アスランの寝室に侵入したのかすら、キラは分からなくなっていた。
抱えた膝に額を埋めても、ドアの向こうから追求の声は、まだ続く。
「そもそもアンタの言う、キラが、そのクライン家で大切にされていたって言うのも怪しすぎる」
「それは本当だ、シン」
「……本当なら何でアイツは、あんなクズらに攫われてんだよ? マスター様なら、猫耳がアイツらに捕まったらどうなるか分からないはずがないだろう?」
以前、捕まれば骨までしょぶられると、シンが吐き捨てたことがある。
ブローカーにブリーダー。
猫耳を狙う組織は一部が摘発されても、途方もない金が動くだけに、その根は深い。
プラントは政府を挙げて、それらの検挙に力を注いでいるが、その政府内にすら怪しい動きが見え隠れしているのは、逮捕者が冤罪目的で駆け引きに持ち出す、きな臭い証言で明白だった。
だから、シンもアスランも疑念を消す事が出来ない。
深い闇を知るだけにアスランは言葉に詰まり、シンの糾弾に黙りこむしかない。
それはきっと、シンの怒りを煽るしかないのだ。
「俺はアンタに聞くまで知らなかったけど、アイツは俺とは違って唯一だとかいう純血種なんだろ? それをみすみす誘拐されて、今頃になって関係者だけに分かるとかいうパーソナルデータを公表して、『大事にしていた』なんて、どこに信じる馬鹿がいるんだよ。――それとも、『いま手元にありませんが、大金支払った猫耳だからツバがついています』とか言う意味デスカ? ……どいつもアイツを物扱いするのもたいがいにしろ」
怒声と同時にドン! と、何かを蹴飛ばしたような音が響いた。
聞いていられなくなって、キラはドアに背を向けたまま、身体を縮めて震えていた。
シンを助けるどころではなく、結局キラ自身のことで揉めていただけだ。
――シンくんが怒ってるのも、アスランとアレックスが困っているのも、また、キラのせいだなんて。
情けなくて消えてしまいたくなる。
猫耳が厄介者だということはキラ自身も身にしみて分かっていた――というか、いくら隠されても気付く。
『キラごときが俺の心配だなんて百万年早い』
落ち込むこんなとき、いつも意地悪なシンの声が甦ってきて、余計にキラを落ち込ませる。
「いきがって助けに行くなんて、本当に馬鹿みたい……」
滑稽すぎて笑おうとしたが、頬が強張って難しい。
――もう、猫耳なんかやめたい。
そうは思っても、キラではどうにもならない。
ハサミで切りとるわけにもいかないのだ。
ヒトと区別される猫耳は微妙な存在で、取り扱いにも厳重注意があるという。
それでも、およそ考えられないほどの金額と引き換えに、生きた宝石と言われる猫耳を欲しがる者は多い。
唯一の純血種と言われるキラで言えば、その価値はコロニー数基分とも言われている。
大きすぎて想像もつかないそれは、マスターが所有する猫耳キラに対する一生の全責任を負うと言う管理責任の金額とも言える。
生死や生殖管理、遺伝子管理も含めて、全てマスターに権限があるのだ。
ヒトの世界で異端の存在を飼育するのに必要な額が、ポンと出せるかどうかがマスターの資格や資質のひとつとされているのだ。
そのマスターの所有権の主張は、絶対のこと。
猫耳という異端の生き物の生態管理を怠ったとなれば、マスターにも大きな罰則が発生することも必至なのだ。
それを知れば、キラはマスターの元へ戻ったかもしれない。
だが今は、自分のせいで大切な人達が困っている事実にショックを受けて打ちのめされていた。
――シンくんはただキラのことで怒ってくれていたんだ。
詳しいことは分からないが、また問題は自分なのかとキラは額を膝に押しあてたまま震えを止めようとするが、うまくいかない。
今まで、キラがザラ家に居る事は秘密になっているが、その意味までは深く考えないようにしてきた。
行き場のない猫耳だから――ただそれだけだと思おうとしていたのだ。
でもそうではない。
キラのマスターはラクス・クラインという歌姫で、『アスラン・ザラ』ではない。
それは、ひどく悲しい事だと思った。

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