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ザックスくん

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ダブルコール 1

今朝は、苺タルトの夢だった。
食べたいけど食べれない――そんな夢。
ザラ家のパティシエが腕をふるったお菓子は、芸術的すぎて食べるのに勇気がいるのだ。
それなのに、美味しい香りと可愛い姿で誘惑し、いたいけな子猫を悩ませる。
最近キラの夢はずっと、食べ物ばかりが登場していた。
ここへ来てから覚えた菓子の名前が、格段に増えたせいかもしれない。
その中でも苺タルトは衝撃的だった。
クリームとカスタードの上に並んだ大粒の苺は、真っ赤な宝石。
食べ物じゃないみたいに煌めく、甘い香りのする芸術品。
初めて出されたときは、吃驚しすぎて固まっている姿を、しっかり観察されて笑われてしまった。
今朝の夢でも、じーっと見つめていたら、『どうぞ。好きなだけ食べていいよ』と額を撫でられた。
『早く食べないと、プリン星人が来るよ?』
昨日みたいに――と、付け足しながらクスクスと悪戯っぽく笑う声は、すでにとても可笑しそう。
器用そうな長い指で触れられると、くすぐったくて恥ずかしい。
けれど、プリン星人は関係ないのだ。
プルルンとしたプリンの形のプリン星人は、初めから敵ではなかったし、そもそもあれは一昨日の夢の中の話だ。
『もしかして嫌いだった?』
心配そうに見つめる視線を感じて、キラは思いきり首を横に振った。
『そうじゃなくて。だって、食べたらなくなっちゃうんだもん。それはイヤなの。食べてもなくならなかったらいいのに』
困ってしまって少しだけ見上げると、声を殺して吹き出す横顔が見えた。
ふるえる肩と襟にかかった髪が、さらりと動く。
透き通るほど白い肌も、長い手足も、とてもよく知っていた。
いつもの、懐かしい景色だ。
思い出せば、なんだかとても恥ずかしい。
居心地が悪くて俯いていると、あやすように髪に触れていた手が滑って、頬を突っつかれる。
『じゃあ、今日のオヤツは大きな苺タルトにしようか』
食いしん坊だと思われただろうかと思ったが、変わりなく優しい声が響いて額を撫でられる。
腕が動くと、ふわりといい匂いがした。
怖くない威圧感のない、サラサラで温かい体温と石鹸の匂い。
「ここにいていいよ」と許してくれる、そんな魔法のような特別な手を、キラは知っている。
厳密に言えば3つほど、キラの世界にはある。
夢の中に出てくるのは、その中の誰かのだと思うが、いまいち自信がない。
目が覚めれば、触れられた感触も曖昧な気のせいでしかない。
どうせ夢なのだから、考えても仕方ないのだが、撫でられたときに嬉しかった気持ちだけがいつまでも甦って、結局、その日のオヤツより気になっている。
昨日はプリンで、一昨日はマカロンで、その前はシュークリームだった。
夢はお菓子ばかりで、目が覚めれば、いつも同じお菓子がお茶に出てきた。
予知夢という言葉があるが、まるで食い意地の証明のようで自己嫌悪に陥り、溜息が出る。
どんなにお茶やお菓子が美味しそうでも、結局キラは『ひとりぼっち』なのだと思い知るだけだ。
感触を思い出して自分の髪を撫でてみて、肩を落とす。
もう、しばらく誰からも撫でられてもいなかった。
留守番なのだから、仕方ないのだと胸を押さえるが、押さえたそこは、いつの間にか冷たいものが重いほど詰まっている気がした。
夢など、あまり覚えていないことが多いのだが、食べ物の夢だけは、やたらと鮮明だった。
いつも最後に、そっと頬に触れるのが、唇の感触のように思えて、起きてからもぼーっとしていることが増えてしまった。
おかげでキラは早起きが出来なくなり、どんどん眠る時間が増えている。
寒い冬のせいかもしれない。
この間見た厚い本の、冬眠する動物がいるという項目が、キラの頭をクルクル回る。
たとえ冬眠してしまっても、きっと誰からも叱られはしないだろう。
どうせ起きても誰からも必要とされてない。
今もキラは一人ぼっちだ。
何気ないそぶりで振り返っても、与えられた部屋は眠ったように静まり返っていて、ここにいる自分も夢の中のように現実感が薄い。
昼間なのに、夜のような日々が続いている。
屋敷の向かい側の棟は、色んなヒトが忙しそうに動いているのが、こちら側から見えた。
あれは執務室からの指示を待つ人々らしい。
中庭を挟んだ向こう側にあるその窓は、もうずっと厚いカーテンが閉じたままになっていた。
いつか誰かが開けるはずだと気になってはいるが、何度振り返って見ても豪華な刺繍の入った布が開く気配は無い。
あの重いカーテンは、毎朝キラが引っ張って開けていたのだ。
「ちゃんと起きてるのかなぁ」
部屋の主の寝起きが悪さは折り紙つきなのに、キラの出番はなく、大きな猫の耳を垂れて肩で溜息をつくしかない。
俯くと、柔らかな髪がはらりと頬にかかり、ひどく人形めいた姿になる。
長い睫に、ミルク色の肌。
大きく印象的な菫色の瞳は怖いほど澄んでいて、見る者は一様に驚いた顔をする。
細いがバランスのいい体型を見て、ミニチュア美少女フィギュアと評したのは、キラの雇い主の同僚だっただろうか。
いつも概ね元気な子供だったのだが、ここ最近は憂い顔が増え、痛々しい溜息が増えた。
それでも頑張るキラの小さな手には、キラキラした球体の飾り。
クリスマスツリーのオーナメントの飾りだった。
もう、ずっとそれと格闘している。
「これ、いつ終わりが来るんだろう?」
眉根を寄せて覗きこむそこには、目の大きな子供の顔が歪んで映っていた。
もうずっと、しょんぼりした顔で固まっていることを、キラ自身も自覚していた。
――ヘンな顔。
歪んでいるのも手伝って、マヌケに見えてしまう。
それが自分自身の顔だと気付くまで、実は当初、しばらくかかった。
思考力が鈍っていたというより、初めは単に新鮮だったのだ。
頭についている大きな猫耳は、大きく映ったり小さく映ったり球体を覗き込むたびマジックミラーのように表面に映る。
特に頂点に映る猫耳は小さくなって見えなくなる。
本当になくなったとしたら、こんな感じだろうか?
そう思いながら顔を近づけると、映っているのが見えてしまう。
だが、完全に映らないようにすることなど無理なのだ。
キラには猫の耳がついている。
それは、変えられないことだ。
初めから猫耳で生まれてきたのだ。
この屋敷に来た時に貰った、それを隠すための大きな帽子は、もう必要ないと取りあげられてしまった。
『ちゃんと守るからだいじょうぶ』
キラの頭を撫でてくれる3人は、口々にみんなそう言った。
シンと――ご主人たち二人。
嬉しい言葉ではあったが、どうしてもキラの不安を拭うには至らない。
猫耳は、本来は隠さなければいけないもののはずだからだ。
ぴょっこりした耳は、どうにかすれば取ることも出来るはずで――猫耳のあったシンは、そうやって自由になった。
けれどキラのは、取れる気配すらない。
ピンとした耳の付け根を押さえたり引いたりしてみるが、びくともしない。
コキンと首を折って考える。
シンより耳が大きいせいかもしれない。
それとも、取れて欲しいと望む力が足らないから取れないのだろうか?
そんなことを真剣に考え始めている。
確かに、キラはシンほど猫耳で苦労をした記憶がない。
何故なら、ずっと誰かしらに守ってもらっていたからだろう。
猫耳のコーディネイターは、『生きた宝石』と呼ばれるデザイナーズチャイルドで、遺伝子を極限までに弄ったスーパーコーディネイター計画により生まれた子供と言われている。
珍しいとされているのは、単に人権上の問題から厳重規制されているというだけではなく、成功例の確認が難しいとされているほど希少なものだから。
遺伝子操作の究極を目指したもののため、一般的なコーディネイターとの差別化のために目印がつけられており、多くの場合、それは猫耳とされていた。
中でもキラは、遺伝子操作のイレギュラーによって偶然生まれた、唯一の完成体であり、それゆえ本来のマスターの元から誘拐されてしまったのだと言う。
ブリーダや闇の仲介屋が喉から手が出るほど欲しいのが、完全体で、彼らがどこまで把握して厳重に守られていたはずのキラを誘拐出来たのかは分からない。
元のオーナーの記憶のない、ほぼブランクの状態でキラは連れ去られた。
そして、ブローカー同士の取引の最中に偶然通りかかったシンが成り行きで助け出し、さらにザラ家の子息、アスランによって保護されて、ここにいる。
それなりに大変な目にも遭っているはずなのだが、本人に自覚はなく、それゆえ危機感も薄く、安全な場所に保護してもらっている今でもなおシンからは『危なっかしい』と叱られ、『危機感がない』と頬を抓られてしまう。
けれど、きっとそうでいられたのは、一人ではなかったからだ。
それなりに色々あったが、結局今も、この広大な屋敷の中で、何不自由なく保護して貰っているおかげで、自分が狙われているという自覚がキラにはない。
それゆえ、ときどき猫耳でありながら自分は異端者だと言う事実を忘れそうになってしまうのだ。
指をさす者は、徹底的に排除された優しい空間にいたのだ。
それはとてもありがたい事なのだが、こんな風にポツンとひとりになると不安で泣きそうになる。
――もっとしっかりしなくちゃ、いつまでたってもシンのようにはなれない。
ひとりぼっちで淋しいなど、オルスバンの出来ない幼稚園児のよう。
猫耳だった頃のシンは、キラを連れて逃げながら、たった一人で薬や食料を調達していたのだ。
時には、傷を作って帰ってきたことも知っているし、自分は食べなくてもキラにくれようとしていた。
それに比べれば、ひとりでじっとしていることくらい、簡単だったはず。
ジャマをしないことやワガママを言わないことくらい、ずっと出来ていたはずだ。
キラはオーナメントの球体を目の前にかざして、それをじっと見つめた。
ツルツルしてピカピカのその表面は、大きな窓もソファーもテーブルも椅子も、部屋のすべてを映す歪んだ鏡。
そこは、伸びたり縮んだりする不思議な世界。
けれど球体に、キラの会いたい人は映らない。
こんなものの中しか、もう探すところがないのだ。
空元気を吹かして無邪気に楽しい振りをしていたが、一人では、どうしても楽しくなれない。
溜息をつく目の前には、大きな深緑のモミの木。
となりに置かれた箱には、キラキラした飾りや色とりどりのリボン。
それらの飾り付けを頼まれているのだが、モミの木はキラの何倍も高さがあるので、手の届く下の方だけ集中して飾ることになってしまい、下枝は床に届くほど垂れ下がってしまった。
まるで、枝を苛めているようだが、仕方ない。
高い所は、ロボット鳥のトリィに任せようとしたのに、トリィは手伝ってくれないばかりか、キラなど素通りして毎日どこかへ姿を消してしまうのだ。
あっさりしたものだ。
お願いした尖った星も星空を駆けるペガサスも、ヒョイと嘴で咥えると、ドアが開いた隙を狙って、パタタと一直線に飛び出して行ってしまう。
トリィにだけの秘密任務があるようで、ぽつり残されて見送るキラはセツナイ。
そんなこんなで、執事から仕事を貰ってから、もう1ヶ月も経っているのに、ツリーの高い場所は全く飾れていない状態だった。
このままでは、終わる気がしない。
キラ自身にやる気が出ないのと、仮に出来なくても誰も咎めそうに無いのとで、余計に進んでいないのだ。
けれど残念な事に、期待されていないことを、キラ自身が肌身で感じていた。
誰からも期待されていない――ずっとひとりぼっちは、雨に濡れながら路地に転がっているよう。
12月に入ってずっと屋敷の中がざわめいていて、窓から見えるみんなは忙しそうに動いている。
けれどキラは、自分に出来る事が思いつかない。
申し訳のように与えられたこのツリー飾りつけは、厄介払いなのだと、さすがに気付いてしまった。
居るとジャマになるから、追い払われて隔離されたのだと、ニブイキラにも分かってしまったのだ。
でなければ、こんな不恰好な飾り付けをして、誰からも叱られないはずが無いだろうし、いつも気にかけてくれるキラの雇い主が全く声をかけてくれないはずはない。
「キラも、お手伝いしたい。一緒にいたいよ」
けれど、それが迷惑だと言われているのが現実なのだ。
はあ…と肩を落として、役立たずはモミの木を突つくしかない。
だいたい、キラはクリスマスツリーを知らなかった。
初めはクリスマスツリーの飾りを見ても、何をするものか、しばらく悩んだほどだ。
そのツリーを知らないキラから見ても、目の前の中途半端な飾り付けのモミの木は、あまりにアンバランスで見栄えが悪い。
飾れば飾るほど不恰好になり、不恰好なのが、余計に、やる気を失せさせる。
褒めてくれるか、叱ってくれるヒトがいないと、つまらない。
走っているのか止まっているのかすら、分からなくなる。
執事は経過を監視しているだけで、指示を出す事も手伝う事もしてくれないのだ。
テーブルマナーには煩いのに、いつまで経っても終わらない飾りつけを注意することもない。
けれど、背伸びをするあまり、後ろに倒れそうになったとき、つぶさに抱きとめてくれたのは、他でもない気難しい壮年の執事だった。
倒れそうになったキラを支えた執事は、眉一つ動かすことなかったが、かすかに頬が引き攣って、眉はしかめられていた。
何か粗相あっては、彼の忠義心が許さないという空気が、びんびんと伝わって、余計にキラを萎縮させた。
その日から更に、飾り付けのペースが落ちたのは言うまでもない。
ションボリした発育不良の猫耳が、さすがに可哀相に映ったのだろう。
厳しかった執事が、少しだけ優しくなった――ような気がする。
どうでもいい仕事をくれたのは、厳格な執事をしても困った猫耳の子供を扱いあぐねた結果なのだと気付いて、キラの耳は垂れっぱなしだ。
執事はキラを、キラ様と呼ぶ。
その円熟した業務をこなす執事を、敬称なしで『アデス』と呼ぶようにと言われているが、当然キラには難易度が高い。
呼ぶようにと言われてみて初めて、それまでも彼を名前で呼んだ事などなかったのだと気付いたが、自分よりも明らかに目上の人を呼び捨てにする勇気などない。
物言いたげにモジモジしていると、先に言いたい事を当てて貰っているのが常で、これまで困った事もなかった。
それでなくとも何もかも御世話になっている立場だった。
負い目まみれのキラに、誰かを呼び捨てにすることなど考えた事もなかったのだ。
確か、厨房のお兄さんは『坊主』と呼んでくれるが、ご主人二人とシン以外の誰からも『キラ』という名前で呼ばれた事はないし、キラもこの屋敷の誰の事も名前で呼んだ事はなかった。
まして、保護して貰っているご主人たち――アスランやアレックスを呼び捨てにしろと言われても、出来るはずが無かった。
請われて何度も努力したが、喉に言葉が貼り付いて声が出ない。
それが二人を――特にアレックスの顔を曇らせるのだと気付いたときは遅かった。
どうにかしようと悩むうちに、会えなくなってしまったのだ。
本当に仕事が忙しいのもあるだろうが、会わせて貰えない期間があまりに長いので、その理由を考えたキラは、この原因に思い当たった。
当たり前すぎる答えだった。
――どうにかして、呼んでおけばよかった。
不甲斐ない自分を責め続けて、胃がチクチク痛んだ。
そっとポケットから取り出した懐中時計には、二つの大粒の宝石がぶら下がっている。
『ここにいてくれ』と言う言葉とともに、ご主人たちから預かった二人の母親の形見だという。
出て行こうとしたときに一度返したのだが、ここにいてくれと言う言葉とともに、キラの元へと返ってきた。
この屋敷にいてくれと言われて泣いたことを、キラは忘れない。
あのとき、アレックスに穿たれた耳の傷は、もう完全に塞がっている。
怪我をしたせいで、アレックスが負い目を感じているのか、余計に大事にして貰っていることもキラは知っていた。
「でももう、会ってくれないのかもしれない……」
考えると、ひどく不安になり泣きたくなる。
――早く、シンが帰ってこないかな……。
せめてシンさえいれば、淋しくなくなるだろう。
同じ猫耳だったせいか、きっとシンがいれば笑い飛ばせる。
いつの間にか耳を落としていたシンは、いつの間にか軍に所属していて、アスランとともに任務で長期不在にすることが多かった。
この屋敷に隠れなくても、もう猫耳を落としたシンはヒトに紛れてもかまわないのだ。
自由になれたシンは、生き生きしている。
この屋敷にいてくれるのは、義務だとか責任だとかそう言ったものなのだと、いじけたキラは考え出す。
猫耳があっても無くてもシンは全く変わっていないはずだが、猫耳がなくなってからのシンは、キラと言う、護らなければならないお荷物から解放されて安心したのだろう。
キラという足かせがなくなり、自由になったシンは、以前よりも幸せそうで充実しているように見えた。
キラに触れるときも、楽しそうに輝いて見えた。
もう、隠れる必要も襲われることもない。
どこへでも飛んで行ける余裕が眩しすぎる。
責任感の強いシンは、ちゃんと荷物を降ろしたのだ。
有り難いことだと分かるし、感謝しているのに、棟に穴が開いてしまって、そこから中身がこぼれてしまう。
――いいなあ。
どんな事があっても、泣かないように笑って手を振るのがキラの仕事だ。
何故なら、ここから動けないから。
みんな、遠くへ行ってしまって、いつも一人になってしまう。
もう慣れた思っているし、今はトリィがいてくれる。
もう淋しくないと思っていたのに、トリィすら勝手に飛んで行ったまま、帰って来てくれない。
追いかけたかったが、猫耳のキラは、むやみに屋敷内をうろついてはならないと厳命されていた。
決められたドアの向こうへは行けないから、見送るしかない。
『申し訳ありませんが、警護上、キラさまには大事をとって頂かなければなりません』と、やんわり、だが反論は許さない威圧感で言い含められた。
訪問者の中には、時折、子供がいた。
大きな声で泣いて笑って、屋敷も中庭も走り回っていた。
檻の中の大型犬をからかって調子に乗っているところを、蒼白になった大人に捕まえられたが、それでも人工の太陽の下で元気一杯だった。
キラはそう出来ない。
猫耳を匿っているということは、ザラ家にとってリスクの生じることで、それでも置いて貰っているのだ。
以前はアスランやアレックスのどちらかが遊んでくれたので、出歩けない事が不便だと思ったことはなかったし、自分の存在が、ここまで迷惑なのだと気付く事もなかった。
甘やかされすぎて、普通が何だか分からなかったのだ。
ひとりで遊ぶ事も多かったし、中庭で昼寝しても叱られなかったし、執務室に御茶を運ぶのもキラの仕事だった。
だが、十二月になり、部外者の出入りが今までないほどに増えている。
アレックスが急に本腰を入れ始めた事業が正念場なのだと、執事のアデスは簡潔に説明してくれた。
事業を拡張することは、キラも知っている事だった。
向こう側の屋敷の廊下を小走りに駆けて行く人影は、今まで見ていた、ご機嫌伺いの人達とは明らかに違った。
あの人たちに見つかってはいけないのだと、本能的に知っている。
何故ならキラは猫耳で、狩られる対象で、それを匿っていることでザラ家に不利益が生じる。
テリトリーが侵されるのだ。
猫耳もコーディネイターではあるが、普通のコーディネイターとは少し違う。
猫耳は特別な商品で、主に人身売買の対象物とされ、ペットのように売り買いされる、そんな身の上なのだと猫耳の頃のシンは教えてくれた。
キラが『マスター』の元から攫われたのは、そんな理由なのだ。
誘拐されたキラを以前から知っていたというザフトのアスランが保護してくれたというのは、とてつもなく幸運なことだったのだと、耳を落としたシンからは何度も何度も釘を刺された。
けれど、キラは今ひとりぼっちで、貰った仕事をこなす力もない。
頑張らなければならないのに、どこかが壊れてしまったみたいに、元気が出ないのだ。
病気かもしれない。
胸を押さえれば、細い肋骨の奥の方がキュウキュウと軋むのが分かる。
それは以前は知らなかった痛みで、キラの中で少しずつ大きくなり、下手をしたら壊れてしまいそうなほど軋んでいる。
『情緒不安定』というのかもしれない。
一人ぼっちで考えていると、温かい部屋にいるのに、身体の表面に何かがパリパリと貼りついたように上手く動けなくなる。
怖い物に捕まってしまうのだ。
振り払うように頭を振って、何度溜息をついただろう。
――早く、ツリーを仕上げなくちゃ。仕上げて、調べ物をしよう。
今度は一人になっても大丈夫なように、ゴハンの作り方を覚えて、エレカの運転も出来るようになりたい。
迷子にならないように、もっともっと地図も調べなくては。
言葉も、たくさん覚えて、一人でも平気になりたい。
ずっと考えていた事だが、今、ひとりぼっちでこんな気持ちのときに思いつくと、改めて我に返るのだ。
――それは全部ここを出るためのこと。
不意に小さな胸が掴まれたように痛んだ。
いつかは出るつもりではいたのに、それを考えることは、ひどく淋しいことなのだと改めて知る。
――いつまでひとりぼっちが続くのかな? それともずっとひとりなのかも。
しょんぼりと天使の飾りを抱えていると、遠くからふわりといい香りが漂ってきた。
甘い匂い。
そっとポケットから懐中時計を取り出して蓋をあけると、思った通り針は午後3時15秒前を指していた。




つづく

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